
投稿第四十九号
全日本トライアスロン皆生大会観戦記!~私のドライビングフォース~
2006年7月24日
芦屋浜アスリートクラブ会員:中典生氏
第26回全日本トライアスロン皆生大会を観戦してきました。私がトライアスロンを始めた直接のきっかけは、昨年の皆生大会の観戦に行ったことです。この大会は、第1回大会の優勝者2名がフィニッシュ直前で互いに争うのをやめ、手をつないで同時にテープを切ったという歴史を持っていて、今でも選手が帰ってくると家族や恋人や仲間が大勢沿道から加わって、皆で手を取り合い、喜びを分かち合いながらフィニッシュテープを切るという、とても大らかな伝統があります。また、フィニッシュ前100mには赤絨毯が敷かれてあり、私自身、昨年この赤絨毯で宗政会長に手招きされ、一緒にフィニッシュテープを切らせてもらってとても感動し、いつかは選手としてこの感動を味わいたい!とトライアスロンを志すに至った次第です。年が明け、何とか5月の青垣大会でその第1歩を踏み出せたのですが、6月に大きく体調を崩しました。カヌーアスロンもグリーンピア三木も休んでしまい(ご心配お掛けしすみません)、以後土曜日の練習会にも顔を出せず、ずっと不完全燃焼の日々を過ごしていました。そんな中やってきた今年の皆生。当日も疲労感で早起きできず、気付けばお昼過ぎです。これから家を出たとしても、向こうに着く頃にはレースは終わりです。今さら行っても仕方がないかと悩みましたが、どうしても昨年の感動が忘れられず、いちかばちかの気持ちで車を走らせました。案の定、現地に着いたらもう夕方で、AACメンバーのフィニッシュ写真もろくに撮ってあげられず、皆さん体のケアーに宿へ戻られてしまい、すぐまた独りぼっちになりました。畜生!やっぱ無駄足だったか!!しかし、皆生大会の最終制限時刻である夜9時半までは、まだ少し時間があります。せっかくなので、そのままフィニッシュ前で立つことにしました。アッという間に辺りは真っ暗になりましたが、赤絨毯にだけは煌々と照明が灯されています。絨毯の両脇でまだ帰らぬ仲間を待つ人々は、一向に減る気配がありません。さらに、その後帰ってくる選手は、大半が『皆生初挑戦』『初ロング』だというアナウンスが聞こえてきます。もう誰を待つわけでもなかったのですが、初ロングは第30回記念の皆生大会と決めている自分にとって、とても人ごととは思えなくなりました。結局、制限時刻一杯までにフィニッシュした全ての選手を拍手で迎え、最後はスタッフ/選手/応援者の区別なく、残った人間全員でバンザイ三唱をして大会の幕は下りました。AACメンバーへの応援や写真撮影という役割は、今回ばかりはお世辞にも果たせたとは言えません。でも、皆生の感動を求めてトライアスロンを始めた自分の気持ちを再確認でき、練習を再開するきっかけをつかむことができて、少々無理してでも現地に出向いて良かったと思っています。8月に地元岡山で開催される『ファッションタウン児島/倉敷国際トライアスロン』の出場許可通知が来たので、今度こそスタートラインに立てるよう、体の養生と練習に努めたいと思います。最後に、皆さん悪天候の中無事完走され、本当におめでとうございました!(『ドライビングフォース』…[drivingforce]/推進力,駆動力,熱意を駆り立てるもの、の意)