
投稿第76号
本年初レース紀州口熊野マラソン”幻のフルの先に光を見た”!
2007年2月17日
芦屋浜アスリートクラブ会員:岡本暁氏
これまでは、年明け初レースは2月の第1週の木津川マラソンであったが、今年は目先を変え紀州口熊野マラソン(2/4)へ遠征することとした。勿論、種目はフルマラソン。12月末の加古川マラソン以降、この日に向けてトレーニングと調整を行い、手ごたえのあるなかなかの仕上がりであった。前泊の為2月3日の12時頃自宅を出て、急ぐ旅でもないこともあり快速と各停を使いたっぷりと5時間かけて現地の民宿に入った。この間、列車の中では愛用のiPodで好きな音楽を聴きながら4日のレースの走り方を思い浮かべ気持ちを高めていた。夕食は同室の岩本さん(奈良)と他の部屋の大原さん(神戸)、3木さん(滋賀)、女性の松本さん、中山さんと6人でマラソン談議に花を咲かせながら、約2時間かけてゆっくりと楽しんだ。驚くことに、6人中5人がウルトラマラソンレースに出ているということで話もはずみに弾んだ。食後は特にすることも無く、早めに床につき4日のレースに備えた。翌4日は朝6時半頃目覚め、外を眺めると風はややあるものの天気は良好。そこでますます気分も高揚。朝食を済ませ同室の岩本さんと8時20分頃宿を出発に会場に向かった。会場までは歩いて10分程度。ナンバーカードをもらうべく、早速受付に向かった。ここからが問題・・・。岩本さんは6000番台の受付へ、私は4000番台の受付へ。(同じフルにエントリーしているのに何で受付が違うんかなぁーと若干の疑問を持ちながら)でも、いつものように、「ありがとうございます。今日はお世話になります。よろしくお願いします。」と声をかけてナンバーカードを受け取った。ナンーカードはフルのカードと思い込んでいるのできちっとチェックもせず、(ただ、岩本さんのナンバーカードは青色なのに、私のカードは橙色・・・何かおかしな大会やなぁーと)2人で更衣室へ向かった。更衣室での2人の会話岩本:「岡本さんのナンバーカードの色は自分のと違っとるですやん」岡本:「何かを区別するためかなぁー」岩本:「そうかなぁー」岩本:「岡本さん、それはやっぱりハーフのナンバーカードやでーそこに書いてあるやないか」岡本:「えっ!!!ほんまやぁー(どうして???????)」私はここでようやく自分のエントリー間違いということに気がつき愕然。(今までこの1ヶ月やって来たのはなんやったんや)これまで、高揚していた気分も1気に沈み、シュン太郎。時にフルスタート1時間20分前。ここで、いつに無く入念に準備してきたフルマラソンは幻と消え去ったのである。(それにしても思い込みの怖さを痛切に感じた次第)そうこうしている内に昨夜夕食を1緒にした大原さん、3木さんも同じ更衣室に来た。わざわざ前泊し遠い所をここまで来たのにと思う気持ちも大きいが、ここで悔やんでいても何も始まらない。気持ちを取り直し、「健闘を祈ります」と3人をスタート地点に送り出したのが9時半頃。その後、間もなく完全に気持ちの切り替えを終え、また逆に、ハーフのスタートは11時なので時間が有り余ることとなったため、「どうせなら60歳以上の部で入賞をしたろー」とタイム設定に取り掛かった。電卓を持っているわけでもないため、裏紙を使って鉛筆で何回も何回も筆算しながら目標ラップの設定を行った。目標ゴールタイムを1時間30分~35分の間とし、出来るだけ30分に近い所を狙うこととした。その為に、10kmまではゴールタイム1時間35分狙いのラップタイム(4分30秒/km、22分30秒/5km)設定、10km以降はゴールタイム1時間30分狙いのラップタイム(4分15秒/km、21分15秒/5km)設定した。(時に10時20分頃)その後、20分ほどエアロビクス体操のウオーミングアップに参加し、スタート20分前にスタート地点へ移動した。11時、いよいよ、いやいや、ようやくハーフのスタート。沿道には昔懐かしい田園風景。名物の梅は暖冬の影響で例年より早い3~5分咲き。1kmのラップは4分28秒とほぼ予定通り。家々が点在している農村地帯であるが、それぞれの家からおじいちゃん、おばあちゃん、お父さん、お母さん、お孫さんと家族総ぐるみで応援に出てきていただき感謝、感激。「ありがとう」を連発しながらの激走。5km通過も22分20秒とほぼ予定通り。その後も順調に走り、5-10kmは22分15秒と予定通り。この辺りは上り坂であるが身体は軽やか、そこで予定していたギアチェンジを敢行すると難なくペースアップが出来、7km辺りから併走して来た若者2人を1気に突き放すことが出来た。あとは前方を走っているランナーに接近しては追い抜くの繰り返しで、10-15kmを21分14秒、15-20kmを20分44秒のラップで通過、全体としても目標通りのレースが出来た。そしてゴールタイムは1時間31分15秒と13ヵ月ぶりの自己ベスト(約2分短縮)であった。また、記録証をアウトプットしてもらうと、60歳以上の部で2位という嬉しい結果が待っていて、スタート前のあの落ち込みとは全く逆のルンルン気分。そうこうしている内に表彰式となり、マラソンを始めて初めて壇上に上げてもらうこととなった。せっかくの機会だから記念写真をと思ったが仲間がいないため頼むことも出来ず、やむなく地元の心優しそうな高校生に「私のデジカメで記念写真を撮ってくれないか」と頼んだところ、快く引き受けてくれた。壇上では記念写真を意識して出来る限りにこやかな表情で振る舞い、表彰式は無事終了。無理なお願いを聞いてくれた心優しい高校生にお礼を言いつつ、デジカメの写り具合を確認しないまま更衣室に戻った。それからしばらくして帰り支度の合間を見て、表彰式の写真の出来具合を見ようと思ってデジカメのスイッチを入れたところが、「ウッウッゥゥ---何も写っていないではないか!!!」何かの操作間違いで表彰式の記念写真は幻となったのである。今から考えると、心優しい高校生の前で写真の写り具合を確認しなくてよかったなーとつくづく思っている。もし、その場で写っていないことが判れば、あの心優しい高校生に心苦しく思わせるだけであったろうから。このように2007年2月4日は、幻のフルマラソンから始まり、幻の表彰式記念写真に終わったが、その先には大きな明るい光を見た1日であったような気がする。(大会開催日:2007年2月4日)