友人に捧げた佐渡国際トライアスロン大会2006!

投稿第五十八号
友人に捧げた佐渡国際トライアスロン大会2006!
2006年10月9日
芦屋浜アスリートクラブ会員:北健太朗氏

開催場所新潟県佐渡島開催日2006年9月3日(日)タイプ佐渡国際AタイプSWIM:3.8kmBike:190kmRun:42.195kmそれは突然のエントリーでした。大学時代のラグビー部の親友中口茂樹君が脳腫瘍の為、入院をしながら病気と長い間闘っていました。当然のことながら、お見舞いに行く事ぐらいしかできず、病室に行っては、日々あったことを面白おかしく話しをする事ぐらいしかできませんでした。しかしながら、6月に入り中口君の容態が芳しくなくなり、病室に行っては自分の無力さを嫌なほど感じる日々が続きました。そんなときに、『こいつは苦しみながら、必死で病気と闘ってる。自分も少しでも同じ気持ちになりたい。同じように闘いたい。今現在自分にとって一番しんどく、チャレンジングな事は何か』と考えた時、頭に浮かんだのがトライアスロンのロング大会への挑戦でした。昨年春からトライアスロンをやりはじめた私しですが、その前までは、膝の靭帯を断裂し、10年間何も運動せず、そして、スプリントの一番短い大会しか出た事がなく、また昨年11月に断裂したアキレス腱痛は続き、おまけに今年3月に右肩脱臼修復の手術し、50%しか右肩は上がらず。そんな状態だったからこそ、この大会に挑戦することで中口君を励ます事ができるのではないかと考えました。『おれ佐渡の大会出るわ。おれも頑張るわ。』と言って中口君に約束をし病室を出ました。とは言うものの過去の実績は全くないし、出場の許可がでるかどうかわかりませんでしたが、佐渡に向けてトレーニングをはじめました。しかし6月の後半になってだんだん容態が悪くなり、とうとう6月26日に逝ってしまいました。とても辛く、とても悲い出来事でした。しかし、私には中口君と交わした約束が残っていました。そんな時に佐渡トライアスロンの出場許可が届きました。それからはがむしゃらに走り、泳ぎました。練習しました。周りから見ると無謀としか言いようのないことだったと思います。ラグビー部の友人も『完走してこい』と強く言う人間はいませんでした。ただ、私の頭の中は、中口君との約束を守るという事しかありませんでした。大会日が近づくにつれ、なにか気持ちが研ぎ澄まされていくような感じでした。やれるべき事はやり、そして佐渡に渡りました。大会前日も緊張というものはあまりなく、『ただやるだけ』という気持ちでした。朝6:00祈るような気持ちでスイムをスタートしました。不思議なくらい頭の中は空っぽでした。波は静かで、泳ぎやすかったです。自分が思っていたより速いタイムで泳げました。ウエットスーツを脱ぎバイクパンツをはき、カロリー補給を十分して、バイクをスタートさせました。190kmという長距離は走った事もなく、ぶっつけ本番でした。ただ、190kmの長さを感じさせないものがそこにはありました。それは島の人々の声援です。お年寄りから、ちっさい子供まで・・・一斗缶を叩いて応援するおじいちゃん。肩車をしてもらいながら、手をふってくれた女の子。手作りの応援旗をつくり、振りながら声援していたおばあちゃん。道にゴザを敷いて宴会をしながら応援してくれたファミリー。島全体の人々に暖かく声援を送って頂きました。本当にありがたかったです。7時間半ほど自転車に乗っていましたが、景色は最高でした。最後の坂はきつかったですが、『自分は何でここに来たのか』を自問自答しながら乗り越えました。最後のラン。これは本当にきつかったです。20km付近で急に左膝に痛みがはしり、力が入らなくなってしまいました。頭の中に『最悪棄権』とい事がよぎりました。しかし、膝を抑え、たたき左足を引きずりながらゴールに向かいました。あまりの痛さに体の機能が麻痺したのでしょうか、それからの20KMはあまり覚えていません。ただゴールする事しか頭になかったように思います。ゴール前の商店街にはたくさんの人々が待ち受けていました。心が溶けていくような感覚でした。ほんとにみなさんの声援は暖かかったです。ゴール手前から、中口君が大学時代に、京都の大日グランドで一緒に汗を流し、着ていたラグビージャージを着ました。最後は一緒にゴールしました。ゴールし終わった時思ったのが、『約束を守れてよかった』という事だけでした。すぐに中口君のご家族に電話をしました。自分の事のように喜んでもらえ、電話口に次から次へと、ご家族のみなさんが祝福の言葉と労いの言葉をかけていただきました。ほんとにホットしました。今回の大会は自分のためでなく、またゴールできたのは自分の力ではないと思っています。これからも、ずっとトライアスロンを続けられたらと思っています。『トライアスロンという競技はほんとうにすばらしい』と感じる事ができました。出場に際しまして、色々な方々にお世話になりました。本当に有難うございました。トライアスロン合宿で一緒に練習していただいた、宗政さんはじめAACのみなさん。スイム、バイクの特訓をしていただいた徳満さん。水泳のコーチをしていただいたジムの吉田コーチ、休みの間代わりに仕事をしてくれた会社の方々、励ましつづけてくれたラグビー部のみんな、一生懸命に応援していただいた中口家のみなさん、そして一番ぼくに勇気をくれた中口茂樹君。本当にありがとう。心の底から感謝しております。本当にありがとうございました。感謝!2006佐渡国際トライアスロン大会AタイプTotal距離235.995km記録完走3Km)曇り空、今にも雨が降りそうだが海は波穏やかでスイム条件は良好、選手全員エイエイオーと気勢をあげて、769名が朝7時1斉スタートした。スイムスタート時は毎度のことながら沖合い350m位までは殴られ蹴られのバトル、ゴーグルだけは取られないように気をつけて泳ぐ。350m沖合いで90度に曲がり沖合いのテトラポットの外側を平行に泳いで行く。ここら辺に来るとバトルもだんだん少なくなりマイペースで泳げる。後はブイ又は目標物の舟を見ながら泳ぐ。途中1.5Km地点でいったん砂浜に上がる。再度海に入るとき知り合いの方が大きな声で応援してくれたので、手を振って入水した。後、約半分の距離をマイペースで泳ぐ。困ったのはウエットスーツ脱ぐのに時間がかかったことだ。(スイムゴール時間1時間07分10秒)バイク(145Km)スイムゴール後、トランジッションで兵庫の最高齢者(N)さん67歳の方と話をしながら服を着替える。空は曇った天気、バイクが終わるまで天気持ってほしいと願う。これからも距離が長い、お互いに頑張ろうと励ましあう。ギヤーを軽めにしてスタート。今回のバイクは大山道路(50Km地点)登るまでは無理せずに走ろうと決めていた。いつもはこの大山道路でギブアップに近い状態だが、おかげで今回は大山道路登りが終わっても体力的に余裕があった。余裕があるとバイク漕ぐのが楽しく感じる。折り返し地点付近で友人に会うと声を掛け合う。これはお互いに元気が出るものです。広域農道の入り口(80Km地点)位から雨が降り出した。広域農道は急なアップダウンそして急カーブのあるコース、心配していた状況になった。雨足が速く大雨となり、雨粒が顔に当たり痛い、痛いのを我慢しながら走る。眼鏡にも雨が当たり前が見えないぐらいになる。前が見ずらいほど怖いものはない。下り坂のときは前の人が転倒しないことを祈りながら走る。このような状況が135Km地点近くまで続き、バイクゴール近くに来たときは雨が小降りになっていた。(バイクゴール時間:5時間26分52秒)ラン(42.195Km)バイクで冷えた体を温めるぞと思いランスタートする。応援の方が『いってらいしゃい、がんばって帰っておいで、まってるぞー」と応援してくれる。応援に感謝しながらスタート。足がしびれており調子が良くなるまで我慢。5Km位過ぎたころからランの調子が戻ってきた。後は5km毎にタイムを見ながら走ろうと思った。皆生のランコースは中間点付近で折り返して帰ってくるコース。トップ選手とは10Km位のところですれ違う。スゴイナなの1言。私はこれからはるか遠くの折り返しまでいって帰ってこなければならない。落ち込んではいられない、1歩1歩足を運び1Kmを5分30秒〜6分を目標にして走る。折り返して来る人が知り合いの人なら声を掛け、タッチをしてお互いに励ましあう。これがトライアスロンのランのよさです。エイドは約2.5Km毎にあり、エイド間は絶対に止まらない歩かないと自分に言い聞かせて走る。また、体の調子を見ながら飲み物、食べ物を選択しながら走る。35Km過ぎになると、足はだんだんと棒のようになるがもう少しでゴールと思い、後は気力で走った。(ランゴール時間4時間18分59秒)総合距離:190.195Km総合タイム:10時間53分01秒10総合順位:267位/769人中HTMLPUBLIC”-//W3C//DTDHTML4.01Transitional//EN”06投稿60〜69

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