
投稿第78号
最終ランナーとなった第1回東京マラソン“迫りくる収容バスの恐怖”
2007年3月7日
芦屋浜アスリートクラブ会員:堀内信弘氏
夫婦で初めて1緒に走ることになった第1回東京マラソン。今回は妻と運命共同体。妻と1緒に走り、妻が完走できなければ私もそれに付き合いリタイアすると決めての出場だった。コースの概略やその経緯については、妻が先の投稿で既に紹介済みなので、私のほうは少し高慢な言い方にはなるが、妻をサポートする立場でどんな思いでこの東京マラソンを走って(歩いて?)きたのかを綴らせて頂くことにしよう。それでは苦戦を強いられることとなった大会終盤を中心に以下。25㌔付近までは『おっ、なかなかやるな!』と感心していた妻の力走も、股関節や腰に疲労と故障が発生しはじめ徐々に失速。35㌔付近に至っては、妻はびっこ(使っちゃいけない言葉だが代替用語が見当たらないので失敬!)をひき、もはや誰がみても健康な人間の歩行状態ではなくなっていた。このときで1㌔15分ペース。『こりゃもう駄目かな。』焦る気持ちは徐々に落胆の気持ちへ。10000事休すか。プレッシャーを与えてはならないと思いつつも、後になって「ちゃんと教えてくれてたらもう少し頑張れたのに!」といわれても困るので、私:「あのねぇ、、、現実的な話するようで悪いねんけど。。。」妻:「なに?」私:「このままのペースでいったら時間内完走は無理やよ。」妻:「・・・」私:「いや、それはそれで別にいーねんよ。無理なもんは無理やねんからさ。」妻:「・・・」しかし、こんなメッセージを発信しても、それに対して妻が無言であったことから彼女も現状で精1杯、どうすることもできない状態であることが窺えた。そうこうしているうちに制限時間をオーバーするランナーを回収する収容バスの姿がチラチラと目に入るようになってきた。今まで収容バスをこんなに脅威に感じたことはない。私達の後ろで待機するようにゆっくり走っては追い越し、追い越してはまた徐行する。バス会社は“はとバス”であったが、私達にとっては“はと”どころか“禿げ鷹”に狙われた息絶え絶えの獲物の心境であった。エイドステーションで費やすロスタイムさえ時間内完走に大きな影響を与えるほどの微妙な時間になってきていたが、どうせこの状態で歩いていても時間内完走は見込み薄となっていたので、ここは1か8かの勝負でエイドステーションの治療による回復に望みを繋げることにした。幸いマッサージやアイシング等を施してもらうことで、その後暫らくは早歩きが可能となり、私なりの計算では半ば諦めかけていた時間内ゴールに1陣の光が射してきた。ちょうどその頃には雨があがり、現実の世界でも光が射しはじめ、観客の方々から「急げばまだ間に合う!」と条件付きの声援を頂き、そんな声援も味方にして頑張った。そして“あと1㌔”の看板をみた妻が、急に息を吹き返したように元気になって早歩きのラストスパート!ゴールまであと数10㍍ほどのところで、妻に「走れる?」と聞いてみたら「うん!」という返事が返ってきたので、そこからは恥ずかしげもなく手を取り合って、観客やスタッフの大声援を受けながら最後のラン!そしてぎりぎりのゴール!制限時間の7時間まで、僅か8秒を残して6時間59分52秒のゴールだった。結局タイムリミットぎりぎりでゴールしたものの、私達のすぐ背後にもランナーの気配を感じていたので、そのときは最終ランナーだと思っていなかった。ゴール直後に記者らしき方に、「最終でゴールなさいましたね!」といわれて初めて『あれ、そうなの?』と思ったが、実は今回の東京マラソン、仕事の忙しい時期に明確な理由も示さず土曜日に休暇をとって抜け出してきていたものだから『こりゃやばいっ!』と思い、咄嗟に「いえ、違います!私達の後にゴールした方がおられました!」といったのだが、その記者は「いえ、あなた達が最後でした。私、ちゃんとみてました。」としっかり口調でニコニコ笑顔。そんなやり取りをしているうちに大勢の報道陣に瞬く間に取り囲まれてしまい、そうなるともうあとの祭り。『まっ、いいか!職場ではちょっと気まずいけど、犯罪をスクープされた訳でもなし!』と気持ちを切り替えるほかなかった。ついでに馬鹿話をすると、大会前、妻が冗談ながらに「どうせ遅いんだったら、いっそ最終ランナーになって脚光を浴びたら?って実家の母にいわれた。」…といったので「そんなアホなこと考えとる奴はどうせ1杯おるやろ!」と2人で笑ったこと記憶に新しい。しかしタイムリミットぎりぎりのところでゴールしたのでよくわかったが、最終ランナーになろうとタイミングを見計らっているようなアホな奴など1人もいなかった。皆、死ぬか生き残るのかの真剣勝負だった。さて、帰りの新幹線までそれほど時間にゆとりもなく、なにがなにやら分からぬ状態でバタバタと2人で列車に乗り込むことに。。。2人とも取り合えずは駅弁にがっつき、ようやく落ち着いたところで夫婦でゆっくり無事に終わった大会のことでも語らおうかと、ふと妻のほうをみると、妻は既に寝息を立ててスヤスヤと眠っていた。そんな妻の寝顔を横目にみながら『よく頑張ってくれたなぁ…。』と思った途端、張り詰めていた緊張から解き放たれ、涙が溢れでた。☆,。:*第1回東京マラソン25,130/25,130位堀内信弘真理*:。.☆(大会開催日:2007年2月18日)