
稿第193号
10月のレースの報告!−悪戦苦闘の記録−
2009年10月31日
AAC会員
鎌苅 滝生氏
10月に2度ハーフを走りましたが、脚に痛みが出る中、何とか完走できたレースの報告
を致します。
【福井マラソン】
レース前日の10月3日に福井入り。福井に来たのは一体何度目だろう?仕事も含めて
指折りかぞえて見るが、両手10本の指はゆうに超える回数になる。福井マラソンはい
つも前日に飲みすぎ、食べすぎで記録は良くないが、今年はビール1本と寿司を適量と
控えめで、早めに就寝。
この大会は今年で32回目を迎えるが、ハーフ、10km、5kmの種目でエントリー数は
総計で7,500人を超えるとか(後日、地元紙は完走者は6,880人と報道)。毎年、5k
mの出場者が最も多く、これは地元の中学生が大挙出場するためである。ハーフマラソ
ンが開催される回数は、福井県が全国1位らしいが、どの大会も10Km、5Kmさらにファ
ミリーのより短い距離のレースも併せて行われている。先日のテレビの報道によると、
福井県の子どもの体力は日本一とのことだが、それもマラソンの開催回数の多さと関係
があるのだろうか。
私はいつものようにハーフに出場したが、参加者は例年に比べ多く1,500人位のよう
だ(ハーフは例年1,000人前後)。今年はコースが一部変更され、直線部分がより長く
なり、ほとんどフラットで記録が出やすいとのうたい文句もあり増えたのであろうか、それ
とも全国的なマラソンブームでこの大会も同様の現象となったのであろうか。
私のレース前の不安は、事前の練習が十分にできていないことであった。練習不十分
の理由は、昨年5月にちょっとしたアクシデントで骨盤に歪みが出て、長い距離を走ると、
或いは速度をキロ5分まで上げると右の臀部から大腿部・膝の裏側にかけて「筋」を引っ
張られるような痛みが発生するという症状に悩まされており、それ以来練習量が大幅に
少なくなったこと、また、今年は花粉の飛散量が非常に多く、3月から5月までほとんど
戸外で走れなかったこと、6月以降は仕事の関係で時間が取れなくなったこと、等々で
ある。
この1年半の間、月間走行距離が100Kmを超えたのが数度しかない。唯、体調は良好
で、健康診断の結果もすべての数値が正常値で(60歳を過ぎるとどれか1個位は悪い
数値があっても不思議ではないと、医者に言われたが・・・)、体重も昨冬以降、ベストに
近い56〜57Kgを維持できており、心配は練習不足と足に痛みが出るかどうかだけ。
10月初旬にしては暑い位の晴天の下、スタートした。出だしは快調で、2Km時点で時計
を見ると、9分8秒。このコースは公認コースであり、距離はそれほど不正確とは思えな
い。このタイムは、10年前ならいざ知らず、現状ではいくらなんでも早すぎる。息はあが
っていなし、余裕はあるが、これではすぐに「痛み」がでるのではと思うと同時に、まだキ
ロ4分30秒少しのスピードで走れるのかと、少し満足する。ややスピードを落とすことに
した。5Km通過は、24分少し、気温が高く汗がかなり出ているが、依然快調である。2K
m以降はキロ5分ペースになっていることを確認しつつ、最初のエイドで水分を補給。とこ
ろが、8Kmで突然右足の大腿部から膝の裏側にいつもの「痛み」発生、9Kmまでの1キ
ロを7分30秒というジョギングペースまでスピードダウンを余儀なくされる。それ以降は、
キロ6分30秒前後で走っていたが、徐々に痛みは和らぎ、13Kmの折り返しを過ぎて、
嘘のように痛みが消えて、スピードアップが可能となる。再び、キロ5分前後で走り、無
事ゴール。結果は、1時間52分11秒(グロス)で、順位は年代別(60歳以上)53位、総
合676位であった。
キロ5分ペースで走ると8Kmで痛みが出たのは、2月の紀州口熊野マラソン(フル)と全
く同じである。その時は8Kmで出た痛みは、20Kmまで続いたが、今回痛みが続いてい
た時間が短くなったのは、少しは良くなったためであろうか。
骨盤の歪みは、完全に元に戻っており、痛みが発生する理由はよく判らない。(医者に
よれば、私の場合は椎間板ヘルニアの症状と同じとのことであるが、レントゲンやMRIの
検査では椎間板に異常はなく、むしろその状態は40歳代とのこと。)原因ははっきりし
ないが、痛みが発生することは事実である。徐々に快方に向かっているものと思われる
が、当面は「痛み」とつき合わざるを得ないものと諦めるしかない。
それからすると、今の私の実力は、ハーフで1時間50分代、フルで3時間50分代であ
ろうと思いつつ、帰路についたが、途中5Kmほどはジョギングペースで、終始目一杯走っ
たわけではなく、残り2Kmはキツかったものの疲れはあまり感じなかったレースであった。
【勝沼ぶどう郷マラソン】
山梨県甲州市で10月25日開催されたこの大会の正式名称は「甲州市勝沼ぶどう郷マ
ラソン大会」である。関西ではあまり馴染みはないが、東京から近く首都圏からの参加
者も多く、ランニング100選にも選ばれたことのある人気の大会である。
勝沼には縄文時代の遺跡も発見されており、古代から栄えている所で、戦国時代は武
田氏の支配下にあった。明治維新には、旧新撰組の近藤勇率いる徳川幕府軍の甲陽
鎮撫隊と中山道を来た板垣退助率いる新政府の東征軍が戦い、旧徳川軍が敗走した
地でも有名である(慶応4年の甲州勝沼の戦い)。勝沼は、甲州ぶどうの栽培が最初に
始まった地と言われ、現在はぶどうとワインの産地として知られ、それが中核産業となっ
ている。
前日24日朝に妻と二人で「しなの9号」で大阪発、午後甲府市に到着。市内を散策後、
ホテルにチェックイン、旅装を解いて、すぐに1時間ほど温泉に浸かる。10月24日は、
私たちの28回目の結婚記念日で、夜は市内のレストラン(和風のイタ飯屋)で、ビール
とワインで祝杯を挙げ、宿に戻り、再度温泉を堪能した。
当日は、8時に甲府駅から勝沼ぶどう郷駅に移動(電車で25分ほど)。駅に到着すると、
送迎バスを待つランナーの長蛇の列。送迎バスの台数が少ないのか、あまりバスが来
ない。関東の人は気が長いのか、文句を言っている人は全くいない。関西の大会でこん
なに待たされることはないのにと、私ひとりがイライラする。20分以上待たされて、ようや
くバスに乗り込み、会場へ到着。たくさんの酒造業者がテントを並べ、ワインの試飲が始
まっており、今回は走らない妻は、早速、勝沼ワインに飛びつく。レース前だが私も少し
飲んでみたが、甘口で口当たりが良く、飲みやすいものが多いように思われる。ワイン
通の人にとっては、ヨーロッパのワインに比べると物足りないかも知れない。
さて、初参加のこのレースの報告。この大会には、正圓さんもエントリーされており、スタ
ート地点で探したが見つけられない。スタート地点は道路幅が狭く、かなりの列の長さに
なっており、探すのは無理と諦める。10時20分スタート、直後にすぐ昇りが始まり、前が
詰まり始めた。体型から判断して、どう見ても2時間以上はたっぷり掛ると思われる中年
のオバさんの集団がジャマになる。地元の人たちだと思われるが、スタート順は自由だ
と言え、少しは周りのことも考えて欲しいものである。主催者は、持ちタイム順のスタート
にすべきであろう。1Km手前で後ろから来た正圓さんに声をかけられる。お先にどうぞと
返事をしつつ、正圓さんが視界の中に入る程度で、ついていこうと思いつつ、後を走るが
、キロ5分を切るスピードで走っているようで、このままついて行くと痛みが出るのではと
思い、ややスピードを落とす。すぐに、正圓さんのコバルトブルーのユニフォームが視界
から消える。
7Km付近で心配していた痛みが大腿部裏から膝の裏側まで発生。7Km地点からはか
なりの下り坂で、タイムが稼げるはずなのだが、やむをえずスピードを落とした。8Kmで
時計を見ると、この1Kmは、6分30秒も掛っている。普通であれば、この下りの傾斜を
考えると少なくとも4分30秒位で走破できるはずと思いつつ、多くの人に抜かれながら
走り続ける。しかし、3週間前の福井マラソンの特に比べると痛みは小さくて、その痛み
も少し和らぎ始める。折り返してしばらくすると10Km地点。時計を見ると53分30秒ほど。
ここまで、昇ったり下ったりだが、昇りの方が多かったような気がするが、このペースだ
とやっぱり1時間50分以上で、下手をすると2時間掛るかも知れないと予想していたとこ
ろ、脚の痛みが消える。スピードを上げ、キロ5分程度まで戻る。10分位走って、また痛
みが出るが、これはたいしたこともなく、すぐ痛みは消え、元にもどる。
残り5Kmの表示があり、時計を見ると1時間23分ちょっとで、この先16.5Kmで最後の
昇りがあるはずだが、キロ5分で行けば、何とか1時間50分を切れるかなと、取らぬ狸
の皮算用。最後の上りは、朝、送迎バスに乗った勝沼ぶどう郷駅の前だが、さすがに何
度もアップダウンを繰り返したせいか、脚にきており、アップアッップの状態で脚を運ぶ。
傾斜がきつく、歩いて上る人もかなりいる。上りきったところで前方に視界がひらけ、ぶ
どう畑が目に入る。急な下りに指しかかり、一転スピードに乗り、爽快に走る。かなりの
人数を追い越すことができたが、沿道から「芦屋浜ガンバレ、あと1キロ」の声援が掛る。
ユニフォームの前面の「芦屋浜AC」の文字を見て、声を掛けてくれたのであろう。先にゴ
ールしていた正圓さんが待ってくれていたが、時計と見ると1時間45分。「キツイコース
ですね」と声を掛け合う。
結果は、グロスで1時間45分40秒、年代別順位(50歳以上)は136位(総合は不明)。
スタートしてゴールまでほとんどフラットな所がなく、常に上りか下りと言う非常にハード
なコースコンディションと事前の練習量の少なさや脚の状態を考えると、満足な結果で
あると言わざるを得ないであろう。特に最後の5Kmは下り基調と言えども22分台で走れ
たこと、そしてその間痛みが出なかったことには大満足である(残り5Kmの表示が正し
ければの話だが・・・)。
3週間前の福井マラソンに比べ、7分近くタイムを短縮できたのは、結果的に福井での
レースがこの大会の練習になっていたこと、終始曇っていて気温も15℃位で風もなく
絶好の天候であったこと、ひょっとして距離が短かったかも(大会パンフレットには実測
21.1Kmとあり、正しいとは思うが)等が考えられるが、なりよりも脚の痛みがあまりひ
どくなく、且つ、痛みの出ていた時間が短かったことによるものであろう。因みに、正圓
さんは1時間42分5秒、年代別順位(50歳以上)96位でした。
ゴール後は、参加賞の(コンビニ)弁当と(インスタント)味噌汁と無料のぶどうジュースで
空腹を満たし(参加賞にはワインも付いている)、その後食べ放題のぶどう2房を頂く。
種付きぶどうで面倒くさいが、さすがに本場だけあり、甘くて美味である。その後は、試
飲で何種類ものワインをのみ、少し酔っぱらう。(妻は、私がゴールするまでの間、無料
のワインをかなり飲んで、相当酔っていた。)レース後、大月まで電車で移動(東京より
に20分ほど)、温泉宿で一泊し、26日(月)に、二泊三日の旅を終え芦屋に戻った。