
投稿第136号
浜辺に寄せる白波に・・・はじめまして脇本正子です!
2008年8月5日
AAC
会員:脇本正子氏
浜辺に寄せる白波に『・・・・』。でも『今年は波もありませんから』の大会
役員の方の一言で、『これは波のない状態なんだ・・・』と。前日までこんな
私でしたが初めての51.5キロ、ひわさうみがめトライアスロンレースを完走す
ることが出来ました!『波があったらどうしよう、バイクの坂は登れるかしら、
猿が出たらどうやって避けようかしら(下見の時出たので)・・・』こんな心
配性でこわがりの私が完走出来たのは宮武さん、宗政会長はじめAACの皆様
のおかげです。本当にありがとうございました。
『私の夢はアナウンサー』本読みを校長先生に褒められたのがきっかけで、小
学生の頃から私の夢は放送局のアナウンサーになることでした。地元岡山の大
学時代も大阪の養成学校まで新幹線で通ったり、とにかく夢に向かってまっし
ぐらでした。その甲斐あって岡山の放送局に合格し結婚までの5年間はあっと
いう間でした。結婚後神戸に住み、フリーになったのですがなかなか思うよう
に仕事がなく断念。子育てに追われる日々に、子供に私の夢を託しているよう
で、『何か自分の夢を持たなくちゃ子供に負担だ・・・』と焦りましたがなか
なか時間もなく、子供達が大学に入りますます焦るばかりでした。子供達がマ
ラソン選手になった頃に、かなづちから始めた水泳だけはマスターズにも出て
いたのですが、タイムはなかなか縮まらず何か違うと感じる日々でした。
そんな頃、水泳の友人がトライアスロンをしていると聞き『コレだ!』と思い
ました。トライアスロンで『いつか宮古島に出たい!』ただ走った事のない私
が走るのは本当に大変で、隣を歩いている人に追い越されながら1キロから始
めました。走る事がいつか苦しさ以外の何かに変わる日がくるのかしらと夢見
ながら。(これは今も変わっていませんが?)ただ夢に向かってコツコツと練
習する日々は充実していて、あの若い頃アナウンサーを目指した日々を思い出
しました。しかし、もっと大変なのは自転車でした。何度も転んで傷だらけ
になりながらも乗れるようにはなったのですが、坂道が登れないと大会には出
られないと聞いてはいたものの、神戸の交通量の多い街では怖くて練習場所が
見つからず困っていました。
そんな時宮武さんから『AACに来ませんか?』と声をかけていただき、宗政
会長からも『芦屋の坂で強くなりますよ』と勧めていただきました。練習会の
時に皆さんにアドバイスをいただきながら、前に進めた喜びで無我夢中で練習
しました。夢に向かって過ごす日々を与えて下さった皆さんに感謝でいっぱい
です。日和佐の大会は海も山もきれいで、猛暑のランも沿道の人の私設エイド
やシャワー、炎天下での熱い応援『姉ちゃん?頑張れ!』で頑張れました。
本当に楽しい初レースでした。これからも夢に向かってまた頑張りますのでど
うぞよろしくお願いいたします。
(大会開催日:2008・7・20)