全日本トライアスロン宮古島大会/両手を突き上げてゴール!

投稿第四十二号
全日本トライアスロン宮古島大会/両手を突き上げてゴール!
2006年5月10日
芦屋浜アスリートクラブ会員:佐藤友裕氏

2006年の開幕レース、宮古島トライアスロンに出場してきました。今年は、去年と比べて思った量の練習が出来ず、不安な状態のままレースを迎える事になってしまった。『去年は14位。今年はレベルも高いし、その順位で帰って来る事は難しいかなー。』という気持ちを自分でかき消しながら、去年から目標にしていた10位以内に入ってゴールしているイメージを、少し無理をして持つようにした。練習量は足りなくても、高い質のトレーニングは積んできた。短い時間でも、誰よりも集中して練習した自信はある。俺は速い。俺は強い。速い選手が多いなら、その選手に勝てばいい。ただそれだけのこと。宮古に入ってからのベッドではそんな事を考えていた。レース当日。天候は・・・雨。昼ごろには晴れてくるとテレビでは言っているが、スイム会場に着いた頃には、それを疑いたくなるような大雨。しかし、競技自体は問題なく行われる様子。バタバタと準備を済ませて、知り合いの選手と手を組み合わせ、応援の仲間に行ってきますを言ってスタート地点に向かった。その頃にはもう雨も小降りになっていて、応援の人も大勢集まり、そこには気持ちいい緊張感が漂っている。最前列には、オリンピック選手を始め、トップアスリートたちが顔を並べる。しかし不思議な事に、数日前のような弱気な気持ちは湧いてこない。スタート時刻まで残り30秒。スタート地点に浮かぶロープが回収される。少しずつ気持ちが前に進む。静かな闘志がぶつかり合う。パン!!!スタートの花火が乾いた音を鳴らし、選手たちは水を求める魚のように海へと飛び出した。==SWIM3km==スタート直後は、いつもいろんな人を叩き、叩かれる。足も?つかまれるし顔を蹴る事もある。みんな自分の泳ぐ場所を求めて必死でもがく。故意ではなく、真剣にやっていてたまたま当たるのには誰も何も文句は言わない。200m程もがいて少しペースを落とし、自分のリズムに持っていく。その頃には、同じくらいのペースで泳ぐ集団が出来ていて、抜いたり抜かれたりしながらしばらく泳いでいると、いつの間にか小さな集団の前を引いていた。前の集団に追い付くには距離がありすぎて、自分の泳力では難しい。かといって、後ろに下がって楽をしようとして、集団のスピードが落ちるのは避けたい。そんなにしんどくもないので、このまま自力で泳ぐ事にした。時々横に並ぶ選手の中に、招待選手を示す白のキャップをかぶった選手もいる。その時は番号が見えなかったが、レース後、優勝したパク選手だった事がわかった。1700メートルの鋭角な曲がり角を曲がって、スイムゴールが大きく見え、トランジッションのイメージを始める頃、後ろにいた数人の選手が僕を追い越していった。それに置いていかれないようにぴったり付いていき、最短コースを探して砂浜へ上がった。--現在37位--メージ通りにテキパキとトランジッションを済まし、バイクを漕ぎ出す。陸で待っていてくれた仲間に手で挨拶をし、島一週半のバイクが始まる。==BIKE155km==バイクスタート時は、急に陸へ上がる為、心拍数が急激に上がる。気持ちは飛ばしたくなるが、ここで無理をしてはいけないので、自分に少しブレーキを掛ける。『大丈夫、お前は速い。焦るな焦るな。落ち着いて。』いつの頃からか、バイクスタートしてしばらくは、こう自分に話しかけるようになった。しかしその割りに焦っていたのか、10kmあたりにある鋭角な左コーナーで、雨で濡れた路面にスコーンとタイヤを取られ転倒。きれいにコケたので、左のブレーキが少し曲がったくらいで、身体にも大きなダメージは無くすぐにリスタート。幸いブレーキも、ひねれば戻った。15kmほど走った所で、藤原選手に抜かれた。42歳にして未だトップアスリートとして君臨し続け、去年は6位に入っている選手だ。去年この選手に抜かれたのは100km地点。これはまずい!ペースが遅いのか?『このまますぐに引き離されてはいけない。去年と同じ100km地点まではついていこう!』そう思ってついていったが、さすがベテランアスリート。前半遅いかな?くらいのペースだったのが、徐々に上がっていき、40km辺りの登りでちぎられてしまった。そこからは、数人の選手が僕を抜いて行き、また抜かれて行くといった事を繰り返しながら、ほぼ単独での走行が続いた。仲間が60kmくらいの所で応援していてくれて、「26位!!」と教えてくれた。『去年は確か、ここで14位と言われたよな・・・』ちょっと焦ったが、まあ仕方ない。そこからもずっとペースを変えず、飛ばし過ぎないようにガマン、落とさないようにガマンして走り続けた。その結果、後半は去年より落ちが少なく、バイクゴールする頃には去年の自分の影は追い越していた。バイクゴール、大勢の人達の応援が迎えてくれる。自転車を降りるとアナウンスで自分の名前が呼ばれ、仲間たちが大きな声で叫んでくれているのが聞こえる。みんなにガッツポーズを見せながら自転車を押し、誘導されて着替えのテントに入る。後続の選手が23位でアナウンスされるのが聞こえた。テント内で座って靴下を履いている選手がいる。袋に入ったシューズと帽子をぶちまけ、そこにサングラスとヘルメットを入れる。足を攣りそうになりながら中腰でシューズを履いて、さっきの袋と帽子を持ってテントを出る。一人抜いた!袋を預けて帽子を被りながら走り始める。その時は知らなかったが、トイレに入ってる選手も抜いていた。さあ、残るはランだけだ!--現在20位--==RUN42.195km==この時、自分は24位くらいを走っていると思っていた。後続選手の23位のアナウンスを、ランスタートした選手に向けたものだと勘違いしていたのだ。『ここから10位は無理やなー。15位も無理やろうなー。』実際この時点で24位であれば、15位は無理だった。一つでも上位で!この気持ちだけを持って走る。数人を抜き、数人に抜かれて5km付近、知り合いの信谷選手に抜かれる。少し言葉を交わして置いて行かれた。かなり力強い走りをしている。この選手は数年前に韓国のレースで知り合い、その後なかなか勝てないでいた選手だ。勝ちたい!!でも、前半で無理をして上げてしまうと、後半落ちてしまう事は目に見えている。ここはぐっと我慢して、ついて行くのはやめた。そのまましばらくこの選手の背中を目標に走っていると、少しずつこの背中が近づいてくるのが解った。焦らずに少しずつ詰めていく。横に並んでまた少し話す。そこからは、下りと平地で引き離し、登りで一気に追いつかれて前に出られる展開が続いた。苦しい戦いをしていると、15km辺りで仲間の応援が先回りして待っていてくれた。『こっち来いや~!!』と、イカツイ?声も聞こえる。不思議と、自然に力が抜けて力が湧いてくる。ハイタッチを交わしてその横を抜けると、今度は後ろから『かっこいいぞ~!!』と大きい声を掛けてくれる。Lookinggood!だと嬉しいのに、なぜ日本語で言うとこうも照れるのか、恥ずかしくて思わず笑ってしまったが、間違いなく背中を押してくれた。折り返し手前、ポツポツと上位選手とすれ違い始めた。この時点では、自分が今何位を走っているのか解らなかったので、一人一人カウントしていく。『1位、2位・・・11位、12位・・・・あれ?もうすぐ折り返しやで??』折り返し地点が見えた。『13位。』『ええぇ!?14位やん!!!』自分の予測では17位くらいのはずだったのに、意外な順位に、『これは奇跡が起こるかもしれない!!』10位入賞している姿が頭をよぎった。そこから本当の戦いが始まる。空は予報通りピカピカに晴れていた。長い登りが続く。我慢我慢・・・歩き出したくなる。我慢我慢・・・前には誰も見えない。我慢我慢・・・5kmごとの距離表示が永遠のように遠く感じる。30km、35km。そうやって走っていると、落ちてくる選手も出てくる。--現在12位--『諦めずに最後まで走り続けた者にこそ奇跡が起きる。』カッコつけているように聞こえるが、そう思いながら走った。ランをスタートした頃は、沿道でタッチを求める子供達に答える余裕もあったが、今となっては視線をそちらにやる事すらも辛く感じられ、気付かない程僅かに首を振って答えることしかできなくなっていた。残り3kmの表示が見える。後ろを振り返る。誰かいる!沿道では『おかえり~』の声が聞こえる。早く着いてくれ!!このままゴールしたい!残り2km。さっきとは違う誰かが着いてきている。残り1km。異常な速さで一人の選手が迫ってきた。悔しいが、このスピードの差は埋められない。1kmを切った所で抜かれてしまう。--現在13位--後ろを振り返っても、もう他に選手は見えない。ようやく、沿道の応援に笑顔で答える余裕が出来た。『13位か。悪くないな。』競技場に入る。仲間達の大きな笑顔が見えた。それまでの苦しい戦いが報われた瞬間。この一瞬を味わうために、長い道のりを走ってきた。アナウンスの声が聞こえ、放送席に手を振る。地元の子供達が、太鼓で応援してくれている。たくさんの拍手が聞こえる。最後の直線。コースの真ん中を、ゴールテープに向かって進む。『よっっっっしゃーーー!!!』どうしようもない嬉しさがこみ上げてきて、両手を突き上げる。ゴールテープを切る。最高の時。それは、レース前、ベッドの上で考えていたイメージの何倍も素晴らしいものだった。この感動は、言葉には変え難い。そこには笑顔があふれ、最高の時間が流れていた。レース後、一旦宿に戻り、着替えを済ませてまたゴール会場に向かった。レースでは、必ず最終ランナーまで見届ける事にしている。ゴール前の直線が見える場所に腰を下ろすと、帰ってきた戦士達の笑顔が照明に照らされて輝いていた。そこには一つ一つのドラマがあり、たくさんの喜びであふれている。みんないい顔してる。この一時の為に何ヶ月もの間トレーニングを積み重ね、準備をしてきた。その舞台が宮古島。そこに立つ誰もが英雄になる事ができる。そしてその裏には、朝早くからナンバリングをしたり、飲み物の準備をしたりして下さるボランティアの方々や、朝から晩まで応援してくれる島の人々。その他にも、大会を支えてくださった多くの関係者の皆さんがいる。僕達は、その人たちに色々な事をして貰っているけれど、僕達がその人達に出来ることはほとんど無い。ボトルを貰った時に『ありがとう』と声を掛けたり、補給食を食べた後のごみを投げ捨てない、等ということは当然の事として、やはり僕達に出来ることといえば、『一生懸命走る』ということだと思う。それは、速くても遅くても関係が無い。選手が頑張れるように努力してくれているのであれば、それが一番の恩返しになると思う。今年も、本当にたくさんのものを貰うことが出来ました。ありがとうみんな。ありがとう宮古島。また来年も一生懸命走るからねーー!!すべての人達に、たんでぃがーたんでぃー。(大会開催日:2006年4月23日)

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