歴史街道丹後100kmウルトラマラソン!

投稿第十五号
歴史街道丹後100kmウルトラマラソン!
2005年10月12日
芦屋浜アスリートクラブ
会員:本地 敏行氏
初めてのウルトラマラソンに参加することにしました。大会は前日受付のみのため、会場近くに宿を取ら
なければいけない。当日の朝9時にレンタカーを引き取りに行き、家へ戻り、荷物を車にほうりこみ、いざ出
発。会場へは15時程度に到着すればいいので、ゆっくりと下道で現地へ向かうことにした。今回は猪名川
→篠山→福知山→宮津→網野というコースを取る。今日は三連休の一日目のため猪名川までは結構混ん
でおり、川西池田では予定通過時刻よりも30分以上遅れていた。
今回、猪名川をコース上に取った理由があり、それは猪名川の「道の駅」で開かれる朝市に行く為でした
。ここでは10時から野菜の朝市が開かれる。新鮮野菜がとても安く売られており、それが目当てで来る人
も多く午前というのに、駐車場は一杯で空きを見つけるのが大変だ。私達はいつも大きなクーラーを車に積
んでおり、何時なんどきに野菜等の安売り市があっても対応できるようにしている。その理由は、この時期
クーラーがなければ、数分で熱帯化する車内に丸一日 野菜を放置できないからだ。今回、モロヘイヤ2袋
、ピーマン2袋、シシトウ2袋、生シイタケ1袋、にら1袋、梨1袋、和かぼちゃ、洋かぼちゃをそれぞれ1個購
入。
ソフトクリームを買い、食べ歩きながら、ほかの建物のみやげ物屋を見回った。そこではカブトムシを売っ
ているが、よく見ると日本産とは形が違い、角が3個付いている物などがある。どうやら舶来物のカブトムシ
のようだ。のこぎりクワガタも売っている。よく見ると、はさみが湾曲しておらず、短い直線の形状をしている
。私の田舎では、のこぎりクワガワには3種類あり、犬クワガタ、馬クワガタ、水牛という名前がある。犬ク
ワガタは ここで売られているクワガタと同じはさみの形をしたのこぎりクワガタで、水牛というクワガタは、
はさみの曲線美がとても美しくて長い、理想的なのこぎりクワガタを指している。馬クワガタというのは、犬
と牛の間のはさみの形をしているクワガタで、はさみは長いが、のこぎりクワガタ独特の曲線美がない物を
指す。
夏も終わり涼しくなってきており、昆虫達には過ごしにくいようで、動きが鈍くも感じた。このみやげ物屋に
はほかに竹炭等、炭製品が安く売られている。地酒、干ししいたけなども気を引く。そうそう、購入した野菜
をクーラーに入れるのだが、どうしてもかぼちゃ2個と梨が入らないので、どうすれば良いのか考えた挙句、
ダンボールの中に新聞紙と一緒に入れ、ふたを閉め、その上に白いビニールの買い物袋をダンボールが
見えないようにかぶせた。黒い物は太陽光を吸収し熱をだすが、白いものやアルミ等の光沢のあるものは
太陽光を反射するため、熱を発生しにくいという点を利用したことと、ダンボールには空気の層があるので
、結構断熱効果があるという点を利用した。(この方法で後日は気温31度。車内温度は40度以上に上が
っただろうが、中の野菜は生温かくなる程度で大丈夫であった。)
車は猪名川から丹波道へと入る。道は予想よりも空いていたので快適なドライブで先へ進むことができる
。途中警察車両の赤ランプが点灯していたので、どうしたのだろう。速度よし、など自分の運転に落ちがな
いかを確認して改めて見ると、オカマしたような事故を整理している最中で当てた方の車のバンパーはひし
ゃげている。生の事故を見て、こちらの運転も気をつけなければと再度気持ちを引き締めた。篠山から市島
までは気持ち的にとても長く感じるのだが、市島から福知山までは結構すぐに着く。そうそう、市島から福
知山へ抜ける時に越える峠のトンネルだが、ヘアピンカーブがきついことが理由かはわからないが、新た
にヘアピンがないようにトンネルを掘ってるようだ。何時完成するのだろう。トンネルが出来れば運転も楽
になるだろうと思った。
福知山は人口が多いため市内に入ったとたんに道路を走る車の数が多くなった。猪名川に入ってから有
名なチェーン店は見かけなかったが、福知山まで来て、マクドやガスト等のチェーン店を見かけることがで
きた。私的にこのようなチェーン店があると結構開かれている町というイメージがある。その理由は私の田
舎には最近出来たということを聴いたが、今までマクドナルドなどのチェーン店がなかったからだ。
福知山に到着したのが、家をスタートしてから3時間、お腹も減ってきたので、何か食べようということに
なったので店を探すことにしたが、このような時は店選びに苦労する。理由はとりあえず何かを食べたいの
だが、チェーン店は駄目、うどんや蕎麦、ラーメンのようなありきたりも駄目となると探すことに疲れる。そこ
で、丘の上の大型スーパー(ジャスコ)に入り、惣菜売り場にて昼食の内容を選ぼうという結論に至った。
お腹が減っているためだろう、ほかには目もくべず 真っ先に惣菜売り場へ向う。惣菜は種類も多数あり目
移りするには十分なくらいだ。関西の市街地では見かけないような惣菜もいくつかある。その中で特に私
達の目を引いたのが、カレイの姿揚げだった。衣は鳥のカラアゲをするときにつけるような味付き衣をまとっ
たカレイ。それと巨大キャベツたこ焼き14個入りでした。これだけではお腹も膨れまいと思った私はさらに
変った具のおにぎり(忘れたが関西の市街地見たことがない)を買い、車へ戻った。カレイの姿揚げはとて
も美味しく、ヒレから身までかぶりつき 口の中いっぱいに広がる油に「上手い」の一言。ついで巨大キャベ
ツたこ焼きに手を伸ばす。んんんっ!これはたこ焼きではない。。。揚げたこ焼きではないか・・・揚げ魚に
揚げ巨大たこ焼き。。。。でもこのたこ焼きもとてもうまい!!しかし至福の時もそう長くはなく、2人で揚げ
魚はどうにかクリアしたものの、揚げたこ焼きで急にペースダウンし、二人で6個まで頑張ったがあえなくリ
タイア。おにぎりは出番なし。恐るべし揚げ物集団。見事 私達2人は打ち負かされました。揚げ物たこ焼き
ということは買う前に気付け。と言われればそこまでですね。おかげで、夕方まで胸焼けのため、お腹が減
ることがありませんでした。
油が胸一杯にこみ上げ気持ち悪い気分をダイエットコーラで流し込みこらえる。我慢しながら とりあえず
車を先へ進ませる。宮津から大宮へ。大宮から網野へはすぐに到着することができた。会場は178号線か
ら400m程度入ったところにあった。選手専用駐車場はそこからさらに800mくらい離れた川原近くのグラ
ンドに設けられている。その駐車場と会場であるアミティ丹後とはシャトルバスが常にピストンしている。私
達が駐車場に到着と同時にシャトルバスが出発した。次のバスを待つか、会場まで歩くかを考え、シャトル
バスを待つことにした。バスは10分程度で到着し、私達は歩かなくて良かったとちょっと得した気分になっ
た。バスで輸送されている途中 同じく参加する友人が外を歩いているのを偶然見つけることができ、お互
い気付くことができてよかった。受付終了後、宿を取らず、実家へ帰るため、速めに会場を後にするらしい。
100kmは4時半出発のため本当に大変と思う。
会場に着くと、にぎやかで活気にあふれており、みわたすといろいろな店がある。会場の説明をすると、
まず入ると左手に選手受付場所、その奥にはアミティ丹後のみやげ物売り場、右手には大会事務局と観光
局。正面の70m先にはゴールのアーチ。アーチを越えると広めの広場にいろいろな店が構えており、中央
にはCW-X店、ザバス店、牛乳等乳製品店。左手には飲食店その向こうに大会記念グッズ売り場、その隣
にニューバラス店。右手には会場のステージ、ステージ前には長いすがたくさん置かれ、正面向こう(長い
す軍の向こう側)にはファイテンショップ。さらに道を越えて向こう側に仮設トイレと体育館がある。とりあえ
ず受付を終了後、真っ先にゴールアーチにて記念撮影をした。明日はここまで走るのか。。。重圧ほどでは
ないが、少しの緊張が走る。会場ではもう一人の友人と出会い、一緒に記念撮影をした。そうそう、丹後地
方だが、地名が変ったのだろうか?私の古い記憶では竹野郡だったはずだが、京丹後市という名前になっ
ており私個人的にプチ驚きがありました。会場ではCW-Xの店が去年モデルだが通常の半値以下でタイツ
が売られていたので自分のサイズがないか探したが、男子用ではSサイズばかり残っており、自分のサイ
ズは全くなくとても残念。去年モデルだろうが、私にとっては関係なく自分のサイズがほしいと思った。次に
ニューバランスの店へ向う。店で売られている靴は高級な靴が多く、すべて1万円を越える靴が売られてお
り、私のような3000円~7000円の靴を履いているランナーにとっては値段に足が出るので残念。ニュー
バランスの店の隣では応援メッセージを書くことができ、そのメッセージは30km地点のニューバランスの
特設エイドにて読み上げてくれるという嬉しいサービスもあった。ザバスの店を見ると タブレットなどが売ら
れている。以前私はこれらタブレットをよく買っていたが、あまりに美味しいので、ついついお菓子のように
食べてしまうのでもったいなく。結局それ以来、今回ももちろん購入することなく通り過ぎた。
私達は、歩きつかれないために、会場の中央に並べられている長いすに座った。開会セレモニーから始
まり、24時間マラソンのトレーナー(坂本氏)の話を聞き、あっという間に時間が過ぎた。坂本氏の話の内
容だが、丸山弁護士が24時間マラソンの出走までのサポートを説明されていた。ガードレールを飛び越え
ようとして転んで膝を痛めた。4日5日前に、机に足を乗っけて足の爪を切っているとぎっくり腰になった。ウ
ルトラマラソンに参加するときのアドバイスなどなど、お笑い出身ではないため、笑いを取ることは難しいよ
うだが、話に興味を引かれる。坂本氏の話がおわり、すぐにニューバランスのタレント?のアンドゥー(2人と
いうか双子)がステージに上がり、ホノルルマラソンに参加したときのこと。明日の激励等行ってくれた。そ
の後すぐにビンゴ大会が開かれ、坂本雄次氏がビンゴボールを取り、その番号を司会者が読み上げる方
法を取っているのだが、見ていると打ち合わせなしの本番のようで、1回目は坂本氏が番号を読み上げよ
うを頑張っている。すかさず、司会者が説明をし、円滑に運営されるようになった。この光景を見、ほのぼの
とした気持ちのいい大会の一面を私は感じたような気がしました。ビンゴでは商品が多いので、なにか当た
るだろうと願っていたが、全くのはずれ。最期の方では番号を一つ読み上げるたびに5~6人がイッキに当
選する始末。あっという間に商品がなくなってしまいました。催しを円滑に運営するにはこの手法がいいだ
ろう。ゼッケン番号を読み上げる方法ではすべての商品を配るのに1時間はゆうにかかる。しかし、残って
いた商品が一つの番号を読み上げるだけで ほとんど持っていかれる光景を見ると外れている私にとって
、「あ~あんなに当選者がいるのか」と寂しい気持ちになった。ビンゴゲームもあっという間に終わり、悔しさ
を胸にアミティ丹後のみやげ物屋を物色し、帰りは駐車場行きのバスの待ち人数があまりに多かったので、
徒歩で歩いて駐車場へ帰った。バスで2往復分の人数が待っていたので、歩いたほうが断然速かった。
網野町から久美浜までは距離にして15km。現在の時刻は18時20分くらいで、このまま直で民宿に帰
っても遅くなるのだが、どうしても60kmのスタート地点を確認したかったことと、明日は嫁が一人で車を走
らせ、丹後地を走らなければいけないということで道慣らしの理由で遠回りで民宿へ向かうことにした。車
道にはところどころに白線にて矢印が書かれており、ここがコースなんだということが一目できる。また、2.
5km毎に距離表示の看板が道路わきに準備されていた。この大会は交通規制なしで走るようで、車や通
行人には注意しなければいけないらしい。久美浜のスタート地点近くに来るとファイテンの旗が多くなびい
ている。初めてでもすぐにスタート地点を確認できるくらいに目立つのでうれしい。
そのままその場を通り過ぎ、左回りにて対岸に位置する民宿へと向かった。久美浜で丁度陸地が細くな
っている部分(小天橋)に宿があり、到着は19時ごろであたりはすっかり暗くなっていた。宿は木造2階建
てで結構広い。1階にお風呂と食事場があり、2階が宿泊場となっている。部屋へ案内され、先にお風呂に
入ることを進めてくれた。夕食の時間が遅くなり、結果片付け等が遅くなるので、宿の方にとっては速めに
食事をしてほしいところだが、先に風呂を進めていただいたことは 本当にありがたい。ゆっくりではないが、
30分くらいでささっと風呂に入り、食事へと向かった。食事は1階の客室の一部を食事場にしているような
形で、部屋に入るとすでに多くの夕食が並べられていた。茹でカニ、魚の揚げ物(コチのような食感)、カサ
ゴの煮付け、刺身3種(脂がのっていておいしい。)、お寿司2かん(おろしぽん酢で食べるのは初めてでし
た。)茶碗蒸し(カニの味が一杯しました)、はまぐりの赤だし(大きなハマグリ)、魚の煮物、デザートはトマト
のシャーベットを食べ、私は本当にお腹が一杯になりました。部屋へ戻り、明日の予定を立てるのだが、明
日は朝起きてまずは、100km組が予想では6時45分くらいから過ぎるだろうから、朝の散歩をかねて10
0km組の応援をする。宿泊場を後にした後、60kmのスタート地点へ向かい、その後嫁は一人になるので、
とりあえず、走行コースを持参してきた地図に詳しく書き込んでおく。そうすることにより急な場面の対処に
してもらえればと思い用意した。私は、明日の大会のことを考え、どうしようかを考え
るが そのうちに眠くなり、夜の10時に就寝となった
大会当日の朝
遠くのほうから太鼓をたたく音が聞こえてくる。なんだろう。沿道にて太鼓をたたいて通り過ぎる選手を応
援しているのだろうか。眠いな~一体何時なんだ。時計を見ると6時丁度。100kmの部のスタートは4時半。
この宿はスタート地点から27km地点。もし今通過しているのなら、速過ぎるというよりもありえない。おか
しい。窓を開け、耳を澄ませてその音を聴くとお経の唱える声も一緒に聞こえてくる。どうやら朝のお勤めの
ようだ。少し安堵し、もう一度寝なおす。その後、6時半過ぎになり外へ出て応援に向かう。早朝はとても涼
しく、半そで半パンで外に出るとかなり肌寒い。こんなに肌寒いのなら 曇り空だろう思えば 空は雲ひとつ
ない晴天というギャップに驚く。この時期は、早朝の空が晴れていて涼しいと、昼からは気温が上がるとい
うことはほとんどの人が考えると思う。私も必ず午後は暑くなると確信した。コースとなっている道は、にわ
かに活気だっている。見ると選手が続々と通過している。27km地点(100kmの4分の1を過ぎたあたり)
のため、各選手とも余裕があるのだろうか。応援に対し、多くの選手が返事をくれる。走り過ぎる選手に見
とれているうちに、友人ランナーが2人とも無事に通り過ぎた。カメラシャッターを切り、応援をし、気合を貰い、
朝食へと向かった。
朝食はすでに用意されている。朝というのにとても豪華な内容だ。焼き魚、のり、出汁巻き卵、山椒の実
の味がする佃煮、岩のりのような佃煮、豆腐とわかめの味噌汁、梨の切り身2つ、きのこの炊き込みご飯で
した。(多分こんな感じでした)お腹一杯にご飯を食べて部屋へ戻る。時間は、8時くらいになっていた。スタ
ート時間まで1時間半に迫っていたので少しあせりながら準備をする。宿の方がこられ、料金を支払い、少
しの談話で、私は今回はマラソンに参加することをきっかけで丹後地方を観光したいですねと伝え宿をあと
にした。
車を走らせ、会場へ向かう。私達が出たのが8時半くらいでもう100kmランナーと出会うことはないだろ
うと思いながらコース上を逆走しながら車を走らせていると、22km地点にランナーが走っている姿を確認
できた。出走後4時間経過している。この大会は、全種目18時半(100kmは出走後14時間)にて競技終
了のため、現在で4分の1弱の地点を走っている人はゴールが時間的に難しいではと心配する。頑張れと
小さく応援した。
車は会場へ着いたが、車の駐車場所が分からなく、どうしようかと迷い、スタート地点を通り過ぎた地点
にて大会の役員らしき人に聞くと海の近くに駐車場があるということを不安げに教えてくれた。その指示ど
うり先へ向かったところ、駐車場はあるものの、広い駐車場に駐車している車は5台だけ。違和感を感じた
が、そこに車を止め、徒歩にて会場へ向かうことにするのだが、この駐車場から大会会場近くが見え、駐車
されている車もよく見える。結論として、車は会場のアーチをくぐった奥の空き地部分に止めることが一番い
いようで、私達は、遠い駐車場に車を止める結果となりました。遠い駐車場といっても会場までは徒歩で3
分程度の場所にあるのだが、、、。
会場に着くと多くのランナーがアップやスタート前の準備、柔軟体操。ゆっくりを座りこんでいる人、給水所
にてスポーツドリンクを補給している人など多くのランナー及び付き添い兼応援の人が入り混じっている。
会場の規模は小さく久美浜湾を背中にした状態でスタート位置が正面に設けられていて、山手方向を向い
て選手はスタートを切ることになる。スタート方向に向いて、右側にステージ、給水所とファイテンショップが
ある。左側には更衣室、後ろにはトイレがある。私は会場に来て、まずトイレに入ることにした。トイレは 水
洗トイレではないので、使用中は目がアンモニアの匂いでとても痛かったです。また、男子トイレには紙が
なくなっていたので、折角10分近く並んでまったことが無駄になってしまった。中には、紙なしで利用する
猛者もいるのだが、私にはそのような勇気はない。隣の女性用のトイレの紙が余っているようだったので、
その紙を分けてもらい利用することが出来た。大会関係者の方も紙がないことに気付き、あわてて紙を持
って駆けつけてくれたおかげで、その後は問題も解決することとなった。
走る準備をしながら、照りつける日差しに暑さを少し覚える。現在9時で結構な暑さを感じると言うことは、
一番気温があがる2時ごろはもっと暑くなっているのだろう。ウエアは上下ユニフォーム、腰にタスキ用の鉢
巻を巻く。この腰巻は飲み食いが原因で横腹が痛くなったときに閉めるために必要なものだ。靴はマラソン
シューズ、靴下はぬれても重くならないように踝までかからない靴下を使用。日焼けすると体温が高くなる
ので、それを防ぐために日焼け止めを見えている体中に塗りこんでもらった。非常用として、アミノバイタル
プロ(粉末)をゼッケンに裏に貼り付ける。また途中、喉が渇いたときのために120円をウエアに貼り付けた。
スタート前に準備体操があるらしく、ステージにダンサーのような人が立ち、私の行うように体操してくださ
い。という形でイベントが進んでいる。そうそうニューバランスのタレント?(アンドゥー)双子の姉妹のどちら
かが60kmの部に参加し、どちらかが30km地点のニューバランスのエイドにて応援をしてくれるそうだ。
(似ているのでどちらがどちらかが 分からない。)
スタート前の応援として坂本氏が駆けつけ、アンドゥーの2人もステージに上がり、選手全員を応援する。
選手達はスタート地点に並び始め、スタートの瞬間を待つ。アンドゥーの1人(どっちだろう?)がスタート10
秒前には一緒にスタートまでのカウントをしてほしいことをマイクで伝え、皆で一丸となってカウントダウンを
叫んだ。10、9、8、~~~3、2、1、バン!!!ホイッスルが鳴り響くと同時に選手が一斉にスタートを切る。
普通の市民マラソン大会のような速いスタートではなく、トップですら1kmあたり3分45秒くらいであった。ス
タート直後から、団子状態になるのかと思ったが、そうでもなく、縦長の本当に1本の筋となっていた。目的
のゴールは60km先。始まりが速い人もいれば 遅く出発する人もいる。
スタート直後は平坦なコースが続き 曲がり角のいたる地点にて石灰の白線にて矢印が書かれている。
矢印は歩道へ続いている部分も普通にあり、この大会は車や歩行者などを優先した上でマラソン競技を行
うという趣旨を改めて理解できた。60kmの初めの難所である小高い丘を越えるのがスタート後3km地点
である。その手前に給水所があり、水とスポーツドリンク、その他、、、などが用意されており、私はスタート
後2.5kmくらい走っただけだったので、スポーツドリンクを1杯だけ飲み先へ進む。日差しも柔らかいような
感じなのでまだまだ余裕がある。しかし このままのペースでゴールまでいけるだろうか?近年こんなペー
スで60kmはおろか40kmですら走りきったことはない。どうだろうか?不安もあるのだが、とりあえずこの
ままでつき切ろうと思い、ペースを落とさず走ることにした。前半(30km)は山が多く、後半(30km)は平
坦が多いという感じでコースの高低さが書かれている。そのため、前半は苦労するかも知れないが、後半
は楽という理由で この速めペースで走り切ろうと決意したのだ。ただ、この時点で気温の高さがどれだけ
人間の体を蝕んでいくのかを理解できていなかった。
コースは久美浜湾と日本海の両方を見ることができる「小天橋」を通っており、その道の歩道を選手は走
る。今朝6時半に応援をしていた際、一緒に応援していた近くの民宿の女性の方が私が通り過ぎるときも応
援のため沿道に立ってくれている。小天橋の周辺は応援も多いが、そこを越えると民家も少なくなるため、
応援もまばらとなった。高低さもほとんどなく、快適な走りで8km地点に差し掛かる。急にコースが左に折
れ、坂道の途中に旧府立久美浜臨海学校に設けられているレストステーションに差し掛かった。このレスト
ステーションはとても人が多く、エイドよりもグレードアップした内容を選手に用意してくれているため、食材
がとても豊富だ。見ると、塩、梅干、レモン?オレンジ?などを確認できたが、それ以外に一口パンが並ん
でいる。アンパンなのだろうか、ジャムパンなのだろうか?いろいろと考えながら、スポーツドリンクを1杯飲
み、先へ進んだ。後からプログラムを見るとあんぱんとクリームパンのようだ。
レストステーションを過ぎ、人家も人気もない道を先へ進む。途中、サツマイモが有名と言わんばかりに
サツマイモが売られている。1kg500円。新鮮といってもちょっと高いのでは?次の店には1kg600円。。
えっ~~。美味しいといっても、ちょっと。。関西の市街地の店で売っているのは500gくらいあるだろうが、
約150円~200円くらいだ。ここらのサツマイモはブランドなどもあり高級なのだろうか。途中、沿道で応援し
てくれている女性が私を見て、男の人なのにあんなに日焼けクリーム塗っている。という大きな声が聞こえ
た。ええ?そんなに塗っていないのに、そう思い、自分の腕を見ると、小麦色した腕にクリームが白く浮き
出ているではないか。スタート時点では目立たなかったはずなのに、ちょっと恥ずかしい光景である。また、
クリームは汗等の水分をはじくようで、腕から吹き出た汗は 腕に無数の水玉を形成している。その水玉は
大きく成長し、自分で耐え切れなくなると、つつっ~と一筋の汗となり流れ落ちていく。走りながら、自分の
腕にできた汗の動きの面白さに見とれている。結局、クリームはいまさら取ることもできないので、そのま
まの異様な白肌を見せつけながら走ることにした。
人気のない道を走り続ける。先頭集団は3人で遠く先を走っている。その後ろに点々と私を含め4名いる。
私はマイペースで走り続けているが、常に予定のペースよりも1kmあたり15秒速めの通過である。15km
くらい走り続けているので喉の渇きをかなり覚えるようになってきた。よし、次のエイドでは2~3杯水分を取
ろう。そう心に決め、エイドを待った。エイドは待っているとなかなか出てこないものである。この大会は だ
いたい3kmごとにエイドがあるが、確実ではなく、1km程度は違う。まだかまだか、早く来い。そう願いつ
つ走っていると七竜峠に上る手前にエイドがあり、スポーツドリンクを2杯のみ、どうにか喉も潤い、気持ち
も元気になり、いざ峠へと向かう。峠の標高はプログラムに書かれている地図を見ると150m近く上ること
になっている。そうこうしているうちに道も上りになり、重い体を持ち上げるようにのぼりを走った。民家を越
え、山道を少し走ると少しの下りとなったので、峠も越えることが出来たと安堵したが、実は峠はこれからで
、更なる上りが待ち構えていた。上りというよりも完全な山道である。100kmの選手はこの峠を2度越えな
ければいけないということに驚く。私は一度越えるだけでお腹一杯の気分になった。えんえんと続く坂道を
見つめ、ヘアピンカーブを越え、この上り坂の頂まで上ったら、上りも終わりだ。あそこまで上ったら終わり
だ。と可視範囲で見える坂道を越えるたびにそのように考えている。まだかと思いつつも長い坂道が続く。
少し長めの坂道を上がっていると、先で人の声が聞こえてきた。なんだろう?と思いその場に到達すると七
竜峠にあるエイドだった。
さすがに疲れた私は、エイドにて、スポーツドリンク2杯と水1杯を飲み、掛け水を2度頭から全身に滴るよ
うに掛け、下りへと向かった。下り勾配はとてもきつく、イッキに駆け下る。足への負担を心配しながら走る
が、あまりに下りが急なため動きだした足が止まらない。下りきると網野町だ。頑張ろうと思い走るが、そう
でもなく、海岸線の漁村のようで 更に50mくらい高低差があり、また上ることになった。海岸線の角を曲
がると どうにか街の景色が見え、漁港へ下り始めた。漁港周辺は補助員も多く、仮設テントも張られてい
る。何だろうとその場へ到着すると 60kmの部で第二のレストステーション。このレストステーションには
多くの100kmランナーが休憩やうどんを食べている。ここから先は100kmランナーとの一緒に走る場面も
多く、エイドステーションも100kmランナーがいるのでその分少し混雑していた。
網野町ではコース街中や商店街に取られており、走者にとって車が危険ではなく、自転車や徒歩で通行
している普通の人がとても危険でした。その理由は急にコースを変えたり、止ったりといった動きをするた
めで、それら急な動きに走っている私は急な対応が出来ないためである。本来、マラソン大会は選手が主
役となり、町を駆け抜けるが、この大会は、選手の肩身が狭く、車を運転する人や通常生活をされている人
に迷惑を掛けないように走らなければいけない。よって、信号が赤であれば、止らなければいけない。車
の通行が多い交差点では、通行の間が開くまで待たなければいけない。歩道のない部分も多く、私のすぐ
横を車が普通に走る。もしよろけてしまえば車に引かれてしまう。そう思いつつ気をひきしめていると、ウエ
アに貼り付けた120円が私の動きに耐え切れず外れてしまい飛び散ってしまった。あわてて拾い集め、手
に握りながら走りを続行するが、このままお金を握った状態で走ることは精神的な負担が大きすぎる。どう
しようか不安になっていると嫁が丁度応援ランをしてくれていたので、コインを近くの角に投げて、「持って
帰って」と伝えた。一時 どうなるものかと心配したが、安易に解決することが出来てよかった。商店街では
各角に補助員が立ってくれている。走っていると 補助員の一人がタオルの両端を両手で持ちながら 両
手を高く掲げて何かを言っているが走っていると どうもよく聞き取れない。何を言っているのだろうか?と
思いつつ、その補助員を避け、先を進んだ。後から分かったのだが、止れのサインらしい。止れというのな
ら、看板に書いて それを見せてくれないと分からない。私自身、ただの応援かと思っていた。
京丹後市の主要道である178号線を横切るとすぐにエイドが設けられていた。エイドではお腹が減ったの
で、バナナを食べることにした。バナナは三分の一のサイズに切り分けられており食べやすくなっている。
その後塩を口に含み、ドリンクを合計3杯飲んだ。178号線を越えると街もまた静かな通りへと変化した。
平坦もしくは分からないくらいののぼりが続く。走行距離も25kmに達し、時間も10時半で、日差しも暑い。
ようやく三分の一を越えたくらいでなんだか妙に疲れがつのり始めてきた感じだ。30km近くでは「あじわ
いの郷」の園内をコースに取られており、味わいの郷までの高低さ20mくらいの急な坂をのぼり、園内をグ
ルリと一周する。園内には汽車が走り、ソフトクリームや美味しそうな匂いが立ちこめている。当たり前だが
、一般客が多く、「すごいなー」と感嘆しながら選手を見ている。園内の草原にニューバランスのエイドが作
られており、すごい盛り上がりで待ってくれていた。前日にニューバランスの店にて応援メッセージを書くと、
この30km地点のエイドにてその応援メッセージをアンドゥーの姉妹の一人が読み上げてくれる。恥ずかし
いようなうれしいような複雑な気分である。私へのメッセージは「死ぬ気になって走れ」拷問とも思えるメッ
セージだ。エイドで給水と給塩をし、頭から水を浴び、味わいの郷を後にした。続々と選手がこの味わいの
郷へと上がってくる。この大会で唯一の対面通行(400m)を走り、その後 コースはまた静かな田舎道へ
と続く。途中の交差点や信号機のある交差点には警備員が立っている。車の通行加減により選手を止め
ると行った行為をとっている。この地点には100kmランナーが多く、目に付くランナーほとんどでした。10
0kmランナーはまだ残りの距離が40km近くあるため、1km当り10分くらいのゆっくりとしたペースで走ら
れている。私は道は平坦なのだが思うようにペースが上がらない。今日の気温31度という高さが原因で体
が蝕まれた結果、ついに私の走りに現れたようだった。
レストステーションの弥栄庁舎(33.9km)地点に着くと、とても多くの100kmランナーが給水や休憩、
水浴びをしている。私もその中に紛れ、水浴びをし、バナナを食べ、塩を一つまみ口に含み、スポーツドリン
ク3杯、水1杯のみ、後ろから追ってくるランナーを気にしながら、早々とレストステーションを後にした。レス
トステーションを越えた後、すぐの信号器に引っかかり、「なんで信号にひっかかるんや。」そう思い、「行っ
たら駄目ですよね。」そう沿道の補助員に言ったが、そこは仕方なく、信号が青になるのを待った。青にな
ると同時にイッキに駆け抜けるが、このとき今まで気にならなかったことが気になりはじめた。それは水に
ぬれた靴がとても重くて気になることでした。今までそのようなことは一切感じることはなかったが、今は、
靴が水に濡れることがこんなに靴を重たくさせることに改めて驚いた。まるで、足のに1kgの分銅をつけて
走っているような感じだ。
信号機を越え、100kmの部のランナーと一緒に先を進めると、矢印が2方向に書かれた交差点に差し
掛かる。警備員兼補助員の方はなにも言わなかったため、私は戸惑い、どちらへ行けば良いのか分から
なく心にも余裕もなく、「右、左どっち?」とだけ伝えた。しかし返事が返ってこず、私は昨夜に見たプログラ
ムに載っていたコース図で途中に60kmの部は左に曲がることだけを覚えていたので、強引に左へ曲が
ることにした。左に曲がった後は、田園風景が続き、先には誰も走っていない。コースを間違ってしまった
か?不安になり、小高い橋を越えると田んぼとの交差点にパラソルの影に隠れて2人の若い補助員が応
援をしてくれた。このコースが正しく、ひとまず安堵することが出来たが、体に余裕がなく、足は重たく、体は
だるい。急にこんなに体がだるくなるなんて、一体どうしたものだろう。とりあえず、走り続けなければゴール
へは近づかない。ペースを落とさず、急にダルくなってきた体を無理に走らせ、田園風景の角を曲がった遠
く先にテントが見えた。その場所までは800mくらいはある。しかし、体が重い。動かない。テントは予想ど
うりエイドで私はどうにかエイドまで到達することができた。エイドには数人の人がおり、私はとりあえず、エ
イド前に座り込み、水とスポーツドリンクを合わせて3杯頂、水を2回掛けた。隣に子供用プールがあり、水
が一杯に張られており、私は飛び込みたい気分にかられたが、そこは我慢。「もうゴールできへんかもしれ
へん」とエイドの人に漏らした。すると、エイドの人は「私達は何もすることができへん。がんばってと 言うし
かできへんの、ごめんね」そういわれた。確かにその通りだ。エイドの人に要らぬ気を使わせてしまった。と
りあえず、先へ進むことにした。走り初めて500m地点 急に吐き気を催し、何かを吐こうとするが、体の中
に溜まったガスが口から出るだけで何もでない。むしろ、ここで水分を出してしまうとまずいと思い、どうにか
こらえることにした。少し走り続けるも、この時一番感じたことは気温は暑すぎる。体を冷やしたいが、何も
ない。いっそ、川の中にでも飛び込もうかと思う。それまで、1km当り4分15秒程度で走り続けた体が言う
ことを利かなくなった。そういうよりも、自分で戦意喪失してしまったような感じだった。
大会が終わった現在、改めて今回の失敗を考察すると、私が今回使用した靴は2000年~2001年度に
購入した靴でナイキのエキデンといい、購入後4年は経っているため、ただでさえ、劣化が始まっている。し
かし、今回持ってきた靴はこの靴が一番クッションがあったので、この靴で走ることを余儀なくされた。もう
一つの靴は1999年度に購入したナイキの靴でマラソン大会で合計500kmは使用しているため、クッション
もなくなっていた。私が本当に望んでいたのは、丹後ウルトラマラソンの会場で格安の靴を購入し、それを
その日にためし履きを行った後に、次の大会で使用する計画だったが、いざ、売っている靴の価格を見ると
10000円を越える高級な靴ばかりで、結果見るだけで残念してしまった。このロスを靴のセイにするわけ
ではない。一番目の失敗として、暑さ避けをしなかったため、体の機能がおかしいような感じになったこと。
2番目に靴が悪いため、足裏や膝に余計なダメージを与えてしまったこととスタート直後余裕があると勘違
いし予定ペースよりも1km当り15秒速く走っていたことの3点と感じる。
次の42.5kmのエイドにたどり着くまでに約6回立ち止まり、 何度か歩いてしまった。もう走れない。ど
うにか、42.5km付近のエイドにたどり着いた。エイドにたどり着くと同時にエイドの前にしゃがみこんでし
まった。「やっと着いた」私はただそれだけの気持ちだった。このエイドで休もうか。どうしようか。給水をコッ
プ3杯のみ、塩をつまんで口に放り込む。暑い。暑い。暑い。走れない。次は何キロ先にエイドがあるのだろ
う。不安に思った私は水の入った紙コップを持ち、先へ進むことにした。体が熱い。足裏が痛い。膝も痛い。
腰もだるい。熱中症なのだろうか。以前、熱中症と脱水症状になったことを思い出し、まずいのでは?そう
危惧し始めた。主要道に入り、遠くまで直線の道を見て呆然とした。とりあえず休もう。その場にしゃがみこ
んだ。しゃがみこんでいると急に車(大会関係者車両)が止り、500CCの水が入ったペットボトルを助手席
の女性の人がさしのばし、「いりますか」そう話された。私は確か「ありがとうございます。」といったと思う。
頂いた水をいっきに一口分くらいだったかを残し飲んだ。先に進もう。そう決意し、先へと歩き始めた。次の
エイドはとても遠く、丹後庁舎のレストステーション(47.9km)までの5kmは何もない。空のペットボトルを
片手に持ち、もし公園等で水道があれば、水を汲んで飲もうという計画で公園を探したが、ここら一体は田
んぼばかりで、公園なんてものは全くない。100円もっていたので、自動販売機を探したが、安くても120
円ばかりで買うことができない。「一体、どこまで歩かせるのだろう。エイドはまだか?公園はないのか?」
などなど 考えながらとりあえず先へ進む。途中、小屋の近くであかんと思い、しゃがんで休憩をしていた。
すると先ほど止ってくれた大会関係車が止ってくれ、もうすぐレストステーションがあることを教えてくれた。
空のペットボトルを回収しましょうかと言われたが、私は途中どこかで水を給水できるかもしれないと思い、
ゴールまでもって走りますと答えた。とりあえず、丹後庁舎、そこまでは頑張ろう。と思い先へ進んだ。
丹後庁舎手前500m地点に道の駅があり、嫁がお茶を片手に応援をしてくれていた。私は、お茶を貰い
、一気飲みほし、さらに歩いた。走れ~と言われても走れない。歩いて先を進む。どうにか丹後庁舎に着く
ことが出来た。熱中症にかからないためには?どうすればいいのだろうか?考え給水をした。スポーツドリ
ンクと水を数杯のみ、アフリカのアスワンハイダム建設の歴史上のことを思い出した。CMでもやっていた
ので記憶にはよく残っていた。そうだ。塩を取ろう。塩を大ツマミで口に放り込み、水と一緒に飲み込む。
丹後産の塩は全く塩辛くなく、美味しい。バナナも1本食べ、空のペットボトルを差し出し、水を入れてくださ
いといった。すると新しくペットボトルを頂き、水を2回体に掛け、先へと歩き始めた。
その後商店街の中らしきところを歩き続ける。疲れもかなり募り丹後庁舎で休めばよかったと、そう思う
ようになった。多くの女性ランナーに抜かされる。よく見るとゼッケンは100kmの部だ。丹後庁舎から次の
エイドまでは距離は短く、すぐに着いたイメージがある。エイドに到着し、とりあえず、目の前のタブレット等
を食べ、水分を給水し、先へ行こうかと思ったが無理で。数杯水分を取り、ブルーシートにて休憩をさせて
もらうことにした。途中、心配をしてくれ、毛布なのかな?そのほか水と濡れタオルを頂いた。20分近く休憩
し、もうこのままでいようかと思った。折角ここまで来たのだから最期まで行きたい、制限時間はまだいける
だろうか。歩いてもゴールできるかな。先へ進もうか?どうしようか?さまざまな思いが浮かぶ。とりあえず
、重たくなりきった体を起こし、通り過ぎるランナーを見ることにした。一人で走っていたなら、間違いなく辞
めている。しかし走り続けるランナーを見るとまだ走らなければいけないと、根をおろしかけたエイドを後に
することにした。体に氷水をかけ、コップに氷水を入れてもらい、それを片手に歩いて先を進んだ。休憩をし
たため、少しの余裕ができたのでジョグをすることにした。走れる。よし、遅くてもいいから走ろう。そう思い
走ることにした。海岸はとてもきれいなのだが、今はあまりきれいには見えない。むしろ前に続く道の方が
キレイに見える。50kmも走り続けてきたんだ。そう思うとすごいと思う。
走っていると、道路の隅に黒色の布切れが落ちているのが確認できた。なんだろう。しんどくなったので
とりあえず歩く。それがどうぶつの死骸と気付くのにはそう時間はかからなかった。ただ、初めに想像した
のが、犬。次に洗い熊?狸?なんか形が違う。んんんっ~~熊?まさか熊があるわけない。熊?熊?えっ
、やっぱりぷーさんだ! なんと小熊が車に引かれていた。可哀そうさ半分、驚き半分。親熊は近くにいな
いか確認するが、いないので安心。丹後の自然はすごいと感じた。
走りにも余裕が見えてきた為、1km当り、歩く距離は300mくらいと短くなっていた。海岸線にある小さ
なエイドで給水する。ちょうどランナーもおらず閑散としていたので、ゆっくりとすることができ、そのエイドか
らの展望を少し楽しんだ後に先に進んだ。エイドが設けられている三津小学校手前には500mくらいの上
り坂道があり、その坂をみて、「ここまで来てこんな坂道があるなんて!」そう思い、とりあえず歩いた。どう
にか徒歩にて、三津小学校(最期のレストステーション)に到着した。エイドにいるランナーは私だけとなり
、とても寂しいステーションで、何があるのか分からない。後から見るとスープがあるらしく、ぜひ飲んでみ
たかった。小学校を後にし、少しの坂道を走りきる。工事中のコースを車に注意しながら走ると、ラスト4km
地点エイド手前の大きな上り坂の下で、嫁が余りに遅い私を待っていた。私が遅い理由はエイドで寝てい
たからというとなんともいえないような表情を浮かべている。とりあえず、坂道なので、歩こうとすると走れ走
れという。仕方なく、重くなった体を腕振りを大きくして動かそうとし走り始めた。腕振りがこんなに走ることに
重要だということが足が弱ったときに改めて分かった。嫁は私を歩かさないように先導する。歩きたくて仕
方のない私は、腕をオーバーに振って、膝を前に出すようにして走る。私の丹後ウルトラマラソン紀行で最
期のエイドに立ち寄る。タブレットと、スポーツドリンク、塩を補給し、冷たく感じたが水浴びをし、背中を押さ
れるようにエイドを後にした。
もう4kmしかない。でも、足は動かない。私にとって全力疾走とも言える走りだが、嫁の背中に追いつく
ことができないどころか、どんどん話されていく。ラスト5kmは1kmごとに表示されている。1kmのラップを
見ると7分半くらいかかっている。どんなに頑張っても離されるわけだ。悔しいが体が動かない。また、息も
すえない。歩かせてほしい。空気を吸いたい。大きく息を吸うと肺が痛む。浅い呼吸で回数を重ねると肺に
痛みが少ないので その方法で持ちきろうと思った。前ではうるさいくらいに、頑張れといわれるので仕方
ない。歩きたいが走ろう。膝も疲れのため、痛み出している。特に痛みを感じる動きは、角を曲がるときで
ある。直線ではまだどうにかなるが、方向転換すると痛みが増す。おかげで、いっきにペースダウンしてし
まう。しかし、嫁は先導しながら頑張れと言う。振り出しに戻るようだが、歩きたいが走ろう。ラスト3km網野
町に入ったものの、なかなかゴール地点が見えない。1kmがこんなに長いものだと改めて感じる。いつま
でどこまで走っても次の距離表示の看板が見えてこない。歩きたい息を吸いたい。早くゴールしたい。ゴー
ル近くになると急に応援の人も多くなり、マイクでゴールをたたえる内容の放送が聞こえてきた。ゴールが
近い。ゴール手前のラスト2箇所目の曲がり角で歩道に上がるように指示されるが、歩道に上がるだけ膝
が上がらない。4cm足を上げれば、歩道に上がることができるが、その4cmに恐怖を感じる。もしつまずい
たらどうしよう。など思うと越えられない。上る瞬間に歩き、段差を越え、曲がり角を歩いて曲がる。次の角
を曲がるとゴールテープまでの直線に入る。長かった。このテープをきるためだけにここまで走ることになっ
た。足も痛く、体の調子もおかしくなってまで頑張るなんで、ほんとにバカだ。最期の角を曲がる。沿道で応
援する人がさらに多い。マイクで応援をしれくれている人は私のゼッケンを数100m手前で確認しているか
のように、私がラストの直線に入ると同時にマイクで声援を送ってくれた。「奥さんが前をリードしてだんなさ
んのOOさんが着ました。頑張れ。もう少し。頑張れ。ゴール。おめでとう。・・・奥さんに引かれてOOさんゴ
ールされました。お疲れ様でした。」(だったと思います。)
完走後
とりあえず無事完走することができた。完走と同時に完走メダルを掛けてくれる。また、完走証(ハガキサ
イズ)を持ってきてくれるが、とてもそれをもらえるくらいに元気はない。地面に座り込み、吸えなかった空
気を存分に吸った。肺は痛いものの、空気を吸えたことが嬉しかった。頭はくらくらし、足は棒のようだ。体
のそこらが筋肉痛となっていて、まるでロボットのような動きに変っている。先にゴールしている友人がゴー
ルおめでとうと言ってくれた。本当に自分におめでとうだ。40km地点で終わっていた大会。残りを歩くこと
でゴールすることができた。記録なんてどうでいい。ゴールできたことが嬉しかった。
10分近く座り込み、落ち着いてからRCチップをはずす。着替えるため、体育館へ行くが、体育館へ上が
るには5段くらいの高めの石段があるのだが、足が上がらない。4つんばいになって体育館へ流れ込む。
体育館に入り、とりあえず、大の字で寝た。私のとなりには60kmをリタイアした年配の方がおり、今日は暑
すぎる。あかんわ。などなど会話をしている。私も今日の暑さはひどすぎる。と目をつぶりながら思った。31
度、32度というウワサが飛び交うが、私にはどちらでもよくただ暑い日だということだけが分かった。少し落
ち着いたので、着がえるが、この会場には水道がなく、本当に困った。とりあえず、べたべたした状態であ
るがこのままで着がえることにした。今までの丹後ウルトラマラソンの会場にはシャワーもあったそうだが、
アミティ丹後にはない。大会関係者に聞くと、温泉の無料チケットが入っているからそこへいってください。
そうきっぱりと言われた。私だけかも知れないが、ランナーは走った後は、とりあえず、汗を流したい。その
後、落ち着いてから温泉に入りたい。無料温泉チケットといっても、この会場からでは車がないと行くことが
できず、東急観光のバス往復で来られた方にとっては シャワーはおろか、風呂にすら入ることが出来ず
帰らなければいけない。また、制限時間ギリギリにゴールした場合だと 最終バスの出発時間まで20分く
らいしかなく、息つく暇もない状態だそうだ。高い費用を払っているのに、あまりに傲慢な扱いと感じる。せ
めて最終バスの出発を関門後1時間くらいにしておかないと、もし、関門が閉鎖後にゴールした場合バスは
もうないの?と思う。
余談は置いておいて、私達は、参加時に貰った飲食無料チケットでうどんとフランクフルト及び無料の豚
汁を食べてくつろいだ。まだ、友人の一人がゴールしていないのでゴールを待つことにする。私がゴールし
たのが、16時前、ごろごろと体育館で過ごし、歩けるようになったのが、17時半くらい。ゴール関門閉鎖ま
で1時間を切ったが友人が100kmの部の90kmをまだ通過していないという連絡を受けた。
この大会は、参加する選手は指定したメールアドレスに通過記録をリアルタイムにて、メールで送信でき
ることが出来るが、そのメールがまだ来ないそうだ。どうしたのだろう。例年なら10時間くらいでゴールして
いるのだが、、、。するとラスト10kmの通過メールが入ってきたらしく、嫁と2人で応援に向かうということに
なった。私は歩くこともつらいので、体育館の隅に座って待っていた。40分くらい座って待っていたが、筋肉
痛になっていると一つの体勢で保持することがつらく、時折足がつりそうになる。こんなにしんどいとは想像
もしなかった。体育館で寝ていればよかった。しかし2人の荷物を預かっているので、移動するわけには行
かず、ころころと体勢を変えて座り帰ってくるのを待っていた。通りの向こうが騒がしくなったので、見ると友
人が帰ってきた。その姿を応援し、丹後マラソンがフィナーレを迎えた。友人がゴールし数分で競技終了の
放送が流れた。その放送が流れてから20秒程度遅れてゴールした方がいたが、後に大会結果を見るとき
ちんと完走者名簿載っていました。
競技終了後は、会場内の各店舗共急に閑散とし始めた。選手のほとんどは会場を後にし すでに帰って
しまっているのだろう。友人も帰り、私達は、アミティ丹後の売店にてみやげ物を購入し、帰途へ着いた。
車は会場から800m離れた位置にあるため、嫁がジョグにて車だけを取りに行った。競技終了後は大会
関係車専用駐車場が開放され、一般者も止めることができたので、そこまで車を運んでもらい、荷物を積ん
で、帰途へ着いた。2人共とても汗臭いので、帰りにお風呂へ入りたいと思い、宮津にて温泉入浴施設に入
ることにした。ここは10時まで開いているので安心だ。場所は176号線から500mくらい山に入ったところ
にある。宿泊施設と温泉施設がくっついたような施設で、風呂には、ハーブが沈められており、とてもいい
においがする。今日はラベンダーがお湯の中に入れられている。風呂はとても空いており、がらがらに近い
。普通の浴場、絹風呂、ラベンダー風呂、ハーブの匂いのするスチームサウナ、打たせ湯がある。露天風
呂がないことがタマに傷といえる。ゆっくりと1時間はいった後に風呂を後にした。その後、福知山でのんび
りした後、車を走らせ、春日ICにて高速で無事帰ることが出来ました。家に着いたのは午前2時でした。ウ
ルトラマラソンも大変と感じました。
(大会開催日:2005年9月18日)
丹後100kmマラソンではなく、
60kmマラソンなんですけどね。
2.5km 5km 7.5km 10km 12.5km 15km
10分36秒 10分27秒 10分34秒 10分20秒 10分31秒 11分4秒
17.5km 20km 22.5km 25km 27.5km 30km
13秒17秒 10分6秒 11分4秒 10分22秒 12分13秒 11分29秒
32.5km 35km 37.5km 40km 42.5km 45km
11分2秒 13分2秒 12分 15分17秒 17分16秒 26分9秒
47.5km 50km 52.5km 55km 57km 58km
19分10秒 44分48秒 19分4秒 26分41秒 20分38秒 7分20秒
59km 60km . . . .
7分37秒 6時間12分17秒 . . . .

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