第25回全日本トライアスロン皆生大会に参加してきました!

投稿第六号
第25回全日本トライアスロン皆生大会に参加してきました!
2005年7月21日
芦屋浜アスリートクラブ
副会長:中川 隆二氏
鳥取県の西の方向に位置する米子市内の皆生温泉を中心にして、第25回全
日本トライアスロン皆生大会が行われました。
今年は1981年に国内で初めての、トライアスロンレースとなる皆生大会が始まって
から、25回の記念大会、過去最大の773人が参加した。当日のスタートのときは
曇りぞら、海は波はなく最高のコンデションでした。
スイム(3Km) 朝7時号砲一発全選手スイムスタート、私はバトルを避けるために
ロープからはなれてスタートしたが、しらないあいだに海水の流れに押されて、ロ
ープがわによってバトルの中にいた。沖合い350mの左折さえすれば、ばらけて
バトルも少なくなるだろうと思い、そのまま泳いだが左折してからもバトルが多く、
途中他人の手がゴーグルに当たって、外れるトラブルがあったが、スイム、ゴール
することができた。
バイク(145Km)空は曇り空、思い存分走るぞと意気込むが、スタートして10Km位
から胸がむかむかする。今日は調子が悪いなと思いながら走る、走っている間に
調子がよくなるだろうと、期待しながら我慢のレース。大山の登り道は、いつも は
追い越してゆくが、今回はどんどんと追い越されていった。バイクゴールまであと
約90Km位、走れるかなーと不安がよこぎる。こんなとき、勇気と元気を与えてくれる
のは、友人、知人、ボランテイアの応援です。応援を受けるとなにがなんでもゴール
してやると思う気持ちになり、バイクをなんとかゴールする。
ラン(42.195Km)スタート時点で、青垣で合宿をしたときお世話になった、女将さん
からガンバッテの応援、もうひと踏ん張りしてきますと返答して走り出す。スタート
して10Km位で、トップの小原選手とすれ違う、いい走りをしていた。気温はだん
だんと高くなりランナーを苦しめて行く、気温の高いのは皆生大会のシンボル。
エイドごとに氷をもらい、帽子の中に入れて頭を冷やして走る。皆生のランは国道
等使うために、赤信号に止められる。信号機にちかずくと信号を見ながらダッシュ
する等、変則的な走りをしながら、何とか折り返し点までついた。
体力の限界。これからも先が長い距離、思いきって5分間横になることにした、疲れ
がどんどん取れる、そして、再度走り出した、日照も少し弱くなってきたので後半は
いがいと元気に走れて明るいうちにゴールすることができた。
「バンザイ」、総合タイム11時間58分56秒ゴール。
勝利者(皆生大会ではゴールした人皆勝利者) となった。
私がトライアスロン初めて出場したのが、第4回全日本トライアスロン皆生大会それ
から21年間、第25回全日本トライアスロン皆生大会をむかえて、出場でき たことは
非常に嬉しいことです。
これからも、一年一年体に注意して走りますので、AACの皆様よろしくお願いします。
(大会開催日:2005年7月17日)

上部へスクロール

このサイトは reCAPTCHA によって保護されています。 プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。