
投稿第100号
ランニング!それは我が余生の楽しみ!
2007年9月29日
芦屋浜アスリートクラブ会員:鎌苅滝生氏
《AACとの出会い》6月23日の練習から参加させて頂くようになりました鎌苅滝生(かまかりたきお)と申します。現在59歳、職業は会社役員。(ある上場会社の子会社の社長をしております)これまでは1人で芦屋浜を走っておりましたが、ここ数年加齢のためかマラソンのタイムが徐々に落ちてきたこと、1人で走っているため練習がマンネリ化してきたこと、6月から小さな会社ですが社長に就任し日々のストレスをやや感じるようになり、この解消のためにも気分1新を図りたかったこと、同じスポーツクラブの山崎直基さんの勧めもあったこと、等々でAACに入会させて頂きました。入会後3ヶ月経ち、以下私の自己紹介をさせて頂きます。少し御付き合い下さい。《スポーツ歴と走歴》子供の頃からどちらかと言えば運動神経はあまり良くなく、運動オンチの方だと思いますが、中学時代は柔道、高校時代は空手、大学時代はサッカーをやっておりました。しかしながら、いずれも中途半端に終わっております。柔道、空手はともに2年間だけ、サッカーはサークルでの活動で全くの遊びでした。観戦するのは大好きで、特にサッカー、ラグビー、マラソン中継は必ずと言って良い位見ています。サラリーマンになってからは、運動らしい運動はしていなく、年数回のゴルフのみ。そんな私が走り始めたのは40歳後半からです。従って、走歴は10年強。(走るようになってからは、元来あまり好きでなかったゴルフはやめました)初めてレースに出たのは51歳の時。スポーツクラブのインストラクターに誘われて神戸バレンタイン・ラブランの駅伝が最初で、5.2Kmを22分少々だったと思います。その後、芦屋ファンランのハーフ、西宮のハーフを走り、初フルは今は廃止された尼崎シティ国際マラソン。この初フルは3時間42分38秒で、当時52歳6ヶ月ですのでまあまあのタイムかなと思っております。その次のレースは、2回目のフルマラソンで、紀州口熊野マラソンで、初フルの記録を20分短縮の3時間22分8秒。これが今までのベストタイム。この大会はその後毎年出場しております。(紀州口熊野マラソンの42歳以上の部の第1回優勝者は、確か宗政会長ですよね。)その後は年間にフルが6~7回、ハーフが3~4回、その他併せて10数回のレースに出場しております。但し、ここ数年は自分のイメージするタイムが出せず、フルは3時間40~50分、ハーフは1時間40分~45分というところです。《本当はマラソンに不向きな体質》私は生まれつきアレルギー体質で、子供の頃は気管が弱く冬場はよく風邪をひいておりました。寒い季節に乾燥した冷たい空気を吸うと喉が腫れて苦しくなり、小学校時代は冬場の体育の授業はいつも辛い思いをしておりました。高校時代は、1月に10Kmの耐寒マラソンがありましたが、3年間ビリから数えて早い方というのが私の定位置。(当時、短距離は比較的早かったのですが)大人になって気管は多少強くなりましたが、それでもまだまだ普通の人に比べると弱く、その影響で気温が低いマラソンでは後半、特に30Km以降は喉が痛くなり、それに伴い呼吸が苦しくなり、ペースダウンしてしまいます。加古川マラソンはフルができてから毎年出ていますが、記録が良くないのは、私にとって気温が低く過ぎる?のではと思います。マラソンに不向きではと思うのは、花粉アレルギーの症状がでる時期です。私は重度の花粉アレルギーで、春先はスギ、ヒノキ、秋口はヨモギ、ブタクサに強いアレルギー反応を起こします。これ以外にイネ科の植物もダメで、極端に言うとすべての植物の花粉に対し、アレルギー反応を起こすようです。特にスギ、ヒノキには敏感で毎年2月初旬から(早い年は1月下旬から)4月中旬頃まで鼻水、鼻づまりできちんと呼吸できず、くしゃみの連続、眼は痒くなるはで苦労しております。毎年この期間は、ほとんど屋外での練習ができないのですが、それでも篠山、神戸ラブラン、芦屋ファンラン、津山加茂郷or掛川と出場しております。いずれの大会も鼻をグチュグチュさせながらのスタートとなります。今年の篠山は、30数回のフルマラソン歴で(初期の頃のいくつかの記録証を紛失しており、正確な出場回数不明)、初めて途中棄権しました。朝から鼻がつまり、大きな不安を抱えながらのスタートでしたが、20Km手前で苦しくなり走ることを断念しました。芦屋ファンランでも3年前にハーフのレースで、花粉の影響で苦しくなり半分走ってリタイア。これが、ハーフにおける唯1の途中棄権で、2年前から10Kmに変更しました。10Kmでも苦しく、後半がバテバテですが・・・。春のレースでは、エイドステーションで立ち止まって、鼻から水を吸い込んで洗浄することもしばしばあります。毎年出場している紀州口熊野マラソンは、比較的記録が良いのは、この大会が2月の第1日曜日に開催されるので、まだほとんど花粉の影響を受けないから、また極端に気温が下がらないから、だと思われます。これからの秋のレースは、春ほどひどくはありませんが、ヨモギ、ブタクサの影響を受けることになります。最近既に少し影響あり、朝起きるとすぐに立て続けにくしゃみが出ています。30年来の花粉アレルギーは薬でその症状をある程度抑えることは可能ですが、マラソンを走る上では大きなハンディキャップです。でも、これは生まれつきですから致し方ないことだと諦めています。春は2~4月、秋は10~11月に花粉の影響、真冬は乾燥した冷たい空気がダメ。ベストコンディションで走れるのは1年の内、極く限られた時期のみ。だから本当はマラソンには向いていないと思うのですが、でも「走ることが好き」ですから、これからも続けるつもりです。その代わりと言うべきか、夏には強い?夏場に食欲が落ちることは全くなく、逆に夏の方がよく食べるのではと思います。(食べ物に対するアレルギーは全くありません)小学生の頃は、大阪府堺市に住んでいましたが、まだ工業地帯の埋立てがされていない頃で、夏休みは毎日海で泳いでいました。ですから私の最も得意なスポーツは、実は水泳なのですが、ここ30年位はほとんど泳いでおりません。海で泳げなくなり、今はプールしかないのですが、このプールの水が良くない。塩素に対しもアレルギー反応を起こすようで、プールで泳ぐと、後でいくら丹念に風呂で洗っても身体中が痒くなり、また鼻水が出て止まらなくなります。更に、私は腰痛持ちなのです。40歳半ばに腰痛がでて、医者からプールで歩くことを勧められましたが、これができずに、芦屋川の河川敷を歩きました。歩くことがあまりに単調に感じられ、軽いジョギングを始め、やがて徐々に距離が伸び、速度も少しづつ上がり、やがてマラソンを走るまでになったと言うのが、真相です。腰痛は、今でも時々その症状が出ます。私の場合、第4腰椎が先天的に異形で、少し左側に出っ張っているとのこと。したがって、常に腹筋・背筋を鍛えて、骨を筋肉で包み込むことが必要なのです。年齢的なこともあり、スピードがありませんので、10Kmよりはハーフ、ハーフよりはフルの方が向いているような気がします。距離の短いレースの方が苦しいのが実情です。ウルトラにも興味があり、以前から出場したいと思っていますが、2の足を踏んでいるのが、この「腰痛」にあります。来年60歳を迎えるのを期に、ウルトラにチャレンジしようかなと思案しているのですが、どうなることやら。何しろ、「気管が弱い」、「花粉症」、「腰痛」の3重苦ですから!《これからの人生とランニング》私自身、あと4~5年働くことになると思いますが、今までは世の中の団塊の世代と同様に仕事中心の人生を過ごしてきました。現在は、小さいながらも1応会社の経営を任されており、その責務を全うせねばならない立場にありますが、これからは日々の生活の軸足を趣味=「ランニング」に置きたいと思っております。妻も数年前からランニングに興味を持ち、ハーフマラソンまで走れるようになっており、年に数回は旅行も兼ねて各地のレースに出場しております。今は子供も独立し、妻と2人の暮らしですので、これからは海外も含めて未知のレースに参加したいものです。(でも先立つものが少し心配!)《最後に》楽しみながら走ること、それをモットーにこれからもランニングを続けたいものです。でも、1つ目標もあります。1歳刻みランキングの100位以内の達成です。このランキングが発表されるようになってから、毎年あと5~10分程度で圏外というのが、私の実績です。過去の実績からみて60歳になって3時間30分で走れば、100位内は間違いないと思うのですが、是非達成したいものです。前述の通り最近は良くて3時間40分位ですから、あと10分の短縮で可能です。10分と言えば、キロ当り15秒の短縮です。この歳になって、それは「言うは易く、行いは難し」で困難なことかも知れませんが、自己ベストの更新ならいざ知らず、10分位なら10分可能ではと思っていますが、甘いかも・・・。それに60歳を過ぎると「花粉症が治る、症状が軽くなるという説(?)」もありますので・・・。これからもできるだけ時間を作って、ご1緒させて頂きたいと思っておりますので、どうぞ皆様宜しくお願い致します。(平成19年9月27日記)