
第265号
いわきサンシャインマラソンのご紹介!
2011年3月4日
AAC会員
鎌苅滝生氏
2月13日に福島県いわき市で開催された「いわきサンシャインマラソン」に出場した
が、その紹介をします。いわき市のこと関西在住の者にはあまりなじみのない所であ
るが、福島県の東端、太平洋に沿った浜通りの南東に位置し、福島県で最大の人口
(約34万人)を持ち(東北地方では仙台に次ぐ2位)、工業製造品出荷額が県内第1
位の工業都市である。1966年(昭和41年)に、当時の平市、常磐市、磐城市等14
市町村が合併し、いわき市が誕生した。1994年(平成6年)にJR平駅がいわき駅に
名称変更。東北地方では年間日照時間が最も長く、平均気温が最も高い都市で、こ
れに因んでマラソン大会が「サンシャイン」と名づけられた由。いわき出身ランナーを
紹介しておきます。箱根駅伝第5区で3年連続区間最高記録を樹立した「新・山の神」
柏原竜二(東洋大学)がいわき市の出身です。
サンシャインマラソンの概要
今年が2回目の大会で、種目はフルマラソンの他に、10km、5km、2kmがある。
フルマラソンは、定員4,000人で、東北地方では最大規模、制限時間は6時間。
コースは陸連公認コースで、スタートはいわき陸上競技場(商業・行政の中心である
平地区の南部)、ゴールは小名浜アクアマリンパーク(工業・海上交通の中心)。高低
差は約60mで、スタート直後が下りで1kmから2kmまで上り、その後4km付近ま
で下り、8kmで2度目のアップダウン、中間点直後にコース最大のアップダウン(福
知山の最後の坂を上り・下るという感じ)、終盤の32km、36kmでアップダウンと、
どちらかと言えばハードである。エイドステーションは、スタート・ゴールを含めて14ヶ
所、水・スポーツドリンク・梅干・チョコレート・飴が用意され、後半はバナナ・おにぎり・
アンパンが供給される。中間点直後の最大の坂を上り切った最もきつい地点で、トマ
ト・イチゴで一息つけるという心憎いサービスもある。
大会の運営と応援について
スタート・ゴールが異なるので荷物を預けることになるが、この受渡しが非常にスムー
ズである。殊にゴールではゼッケン番号ごとに仕分けられたカウンターに行くと既に
係員が荷物を持って待受けており、全く待たされることがなかった。シャトルバスもほ
とんど待ち時間がないほど頻繁に運行され、参加者には好評であった。エイドステー
ションは、テーブルがたくさん用意され縦長になっており、コップが間隔をあけ置かれ
ており、ランナーの接触や混乱もほとんどなく、これまた好評価である。荷物の受渡し
とシャトルバスに関しては、昨年の第1回目の時、指摘をされたこともあり、今回は他
の大会を参考に大幅に改善されているようである。ゴール地点での更衣場所が仮説
テントのみで、かなり手狭であったが(屋外での着替えはあまりに寒いので不適)、改
善の余地があるとすれば、これ位であろう。
尚、ゼッケン、チップは3週間前に事前送付されるが、荷物預け用の袋を貰うために
受付は必ず必要となっており、これも事前送付されれば有難いと思われた。(因みに
静岡のしまだ大井川マラソンの場合、ゼッケン・チップ・荷物用袋が事前に送付される)
応援はスタート・ゴール・折返しのみならず全体的に非常に多くの方が熱心であった。
ブラスバンドやチアガール、和太鼓、更には大漁旗を振っての応援と、これも他の人
気の大会に比べても遜色はない。
全般的に運営は非常にスムーズで、用意周到な準備を行っている大会関係者の熱
意が感じ取れ、市民挙げての応援も熱心で、私が参加した大会の中でもトップクラス
のもの言えよう。ただ、開催日が2月の第2日曜日と、寒くて冷たい時期であることだ
けが問題か東京マラソンの抽選落ちの人々の受け皿としての意味合いから、この
時期の開催となっている模様である。
レース結果の報告
さて、私自身の結果は4時間8分30秒でした。スタート前から気温が低くて右脚に持
病の痛みが出るのではと心配していたが、現実に風速6〜7mの冷たい風もあり、4
キロ付近から脚に痛みが出始め、第1返し(16キロ付近)からは海岸沿いを走ること
になり、そこから冷たくて一段と強くなった風がまともの向かい風となり、急速に体温
が奪われることとなり、痛みがしびれを伴うものに変わり、18キロ地点からキロ7分
を越える速度まで落ちました。34キロ付近の第2折返し以降は、追い風になり、気温
も上がってきたようで汗もかなりかき、脚の痛みも和らぎ、何とか4時間を切れるよう
にと時計をチェックしたが、中盤で時間が掛かりすぎており、時既に遅く、上記の結果
に終わりましたが、60歳過ぎの故障持ちのオジンには、冷たくて厳しいレースでした。
景観も良く折角のすばらしい大会なので、もう少し暖かくて気候の良い時期に走りた
かったと言う思いが残る大会でした。