
第401号
大 峯 山 奥 駆 道 ト レ イ ル ラ ン !
2013年10月4日
AAC会員
本地敏行氏
昨年は単独走行を行った大峯奥駆道は、今回も昨年同様に梅雨時期に予定を組むことにした。5月ごろ
に決行日をいつにしようか考えた結果、自分の中ではやはり梅雨時期が一番いいという結論に達したため
でした。そうなると決行日の天候が雨天なのか晴天なのか気になる。6月の始めのころの天候は、梅雨と
いうのに雨天日ではなかったため、山中の貴重な水場(湧き水)枯れの心配が募る。6月半ばになるとそれ
までの心配も他所に、どうにか(6月12日ごろから)雨天となり ひとまず安心することができた。しかし、雨天
日も続けば安心も心配へ代わり始める。週のほとんどが雨天となり、次の週も引続き、ほとんど雨天日にな
る予報が出される。決行日も雨天になる勢いだったので日が近づくにつれ、天候への心配がどんどんと募っ
てくる。
今回の取り決めとしては、前日荒天および当日雨天の場合は中止となり、企画は次週へ順延となる。開催
日は6月22日。その6日前から毎日インターネットで雨天の状況および天気図を見て何度も推測を重ねる。
私自身、気象予報士ではないが、過去の釣り趣味が講じて、個人的によく天気図を見ていたので、外れる
こともあるが、あたることもあるため、その経験を生かして今回も状況を見ていた。今回の天気図を見て一
番厄介と感じたことは動きを予測することが難しい台風が近くまで来ていたことでした。ただ救いだったこと
は、衛星画像を見ても台風の位置すら確認できないくらいに非常に弱い台風だったことでした。(纏ってい
る雲がない。)この台風は上陸しても、せいぜい流れ雨程度で、低気圧へ変化してもあまり影響もないだろ
うと考える。決行日の週始め(月曜日、火曜日)くらいからは私自身この台風は影響のないものと仮定し、
今回一緒にトレイルをしていただけるT氏に決行を促すメールを打つことにした。開催3日前くらいには、停滞
前線が日本列島に長く重なり、各地に非常に多くの雨を降らせていたので、若干の心配もあった。決行日に
は前線も北側の高気圧に若干押され、南下し、弱い台風が来てもそんなに影響もないだろう。実際、アメダ
スで降雨量を確認した結果、トレイルランが行われる天川村周辺では、開催日の3日前以前では目だった
降雨はなし。3日前で(降雨量/1日)約14mm、2日前で85mm、前日でも13mmと少なく、当日は曇りの
ち晴れという予報。 先ほども触れた非常に弱いと仮定した台風は せいぜい流れ雨と仮定したものの、テ
レビなどのメディアではあまりに台風の影響を強く伝えるため、少し心配になった。もし、トレイルランで事故
にでもあったなら?ついつい悪い方向へ思考が走る。メディアが流す天気予報の影響のため、前日の昼12
時ごろにトレイルラン中止をほのめかすメールをT氏に送った。しかし、その後もアメダスで雨量の確認を続
け、天川村付近の降雨量が増えないことを確認し、午後16時に送ったメールでは前回のトレイルラン中止の
メールを訂正し、改めて決行のメールを送ることになった。トレイルランの当日も雨天ではないため、今回の
トレイルランにおいては、天候上の問題はなしと結論づけた。
トレイルラン決行を決めてから私自身も急遽 トレイルランの準備を始める。近くのスーパーで食材を購入し、
リュックに着替えの服やエイドセットを詰め込む。夜ご飯は午後18時と早めに済ませた。その後は、のんびり
と過ごし、20時には就寝。しかし、日ごろ就寝することのない時間だったので、横になって目をつぶっている
だけで 起きる予定時刻の11時半まで眠ることができなかった。目覚まし時計を準備していたが、使うこと
なく起床。おにぎりや袋、水などを用意し、定番のホットコーヒーを12杯分作り、のんびりと深夜テレビを見な
がらコーヒーを飲み、のんびりとトレイルランの準備を行うことにした。コーヒーを飲み、パンを焼き、準備を行
っていると突然 携帯電話が鳴り、00時30分に阪神武庫川駅へ着くことができるという電話をT氏からいた
だいた。予定より若干早くなったため、準備も少しあわただしくなり、コーヒーは2杯で終わり、パンは食べる
ことができなかったので、ラップに包み、車に投げ込んだ。靴はアシックスの新品(2990円)を下ろすことにした。
車はまず、近くのセルフのガソリンスタンドに立ち寄り、ガソリンを満タンにした後、武庫川の川沿いの車道
を南へと下った。阪神武庫川駅の梅田方向の終電は00時半。駅に着いた最終列車は十数人の乗客を降ろ
した。尼崎側の出口付近に車を置き、待っているとT氏が改札を越え、改札前にある自販機でドリンクを購入
後、無事集合となった。 私自身のトレイルランや山登りの遠征では そのほとんどが深夜の出発で、ガス
(霧)が発生しにくく展望が多く望める 気候および気温の安定する午前中に ほとんどの工程を走り、暗く
なる前には帰宅するスタイルをとっており、私の企画は慣れていないT氏には若干強行プランに感じられる
のでは?と不安に感じた。夜の遅くまで仕事の後、トレイルランのため、阪神電鉄 武庫川駅東口に00時30
分に集合していただき 申し訳ない気持ちだった。私は企画通りに出発前に仮眠(?)を少しとっていたので、
のんびりと深夜の運転を行い、T氏は隣でゆっくりと寝ていただいた。出発後、阪神高速湾岸線に乗る前に
近くのコンビニで飲み足らなかったコーヒーとブラックガムを購入し、尼崎の湾岸線から阪神高速にのった。
高速は松原JCTの一つ手前の大堀で降りる。ここで降りると若干高速費用が安くなるためだ。大和川沿い
を遡上し、大阪教育大学前を通過し、二上山の東側へ入る。そのまま、葛城山、金剛山を右手にひたすら
南下した。空は雲の切れ間に時折月が顔をだしている。途中、トイレをしたくなったため、コンビニに立ち寄
り、トイレを済ませる。客は私を含めて2人だったので何も買わずに出ることもできないと考え、オロナミンC
を1つ買い、店を後にした。紀ノ川が吉野川へ変化する辺りに出た後、その紀の川を渡り、商店街を超える
と山の道へ変化する。ヘアピンカーブをいくつも越え、どんどんと標高が上がっていくのが分かる。走ってい
ると何度も道路上に霧がかかり、今日のトレイルに対しての心配が少し募った。長いトンネルを2つほど越
え、20分程度車を走らせると、午前3時にようやく洞川温泉に到着することができた。私はコーヒーの飲みす
ぎが原因でトイレが近くなっていたので、まずはトイレを探すために、洞川温泉街をぐるりと車で回ったが、ト
イレが見当たらない。この町に入る時、入り口に町の地図が掲載されていたことを思い出し、入り口まで戻
り地図を確認し、トイレの位置を見ると、予定していた洞川温泉センター駐車場の入り口にトイレがあること
が分かったので、そこへ向かうことにした。洞川温泉センター駐車場に着くと入り口のゲート手前の右手に
きれいなトイレがあったので、そこで用をすませ、車を洞川温泉センター駐車場へ入れる。洞川温泉センタ
ーは温泉施設の駐車場で、一日1000円と安い。
暗い中、2人は小さな車中(タント)内で走る準備を行う。私は深夜に食べ残した食パンとビスケット数枚を
食べ、走る靴に履き替える。外に出ると若干肌寒い。山裾には霧が立ち込めていて視界が悪い。今日は天
気予報どおりに晴れるのだろうか?少し不安に感じる。2人とも準備を済ませて、洞川温泉街を歩いて進み
始める。とりあえず日が明け 道の状況がきちんと確認できるまでは足の怪我の原因となるため、ヘッドライ
トを使用し徒歩でスタートする。道はほとんどアスファルトもしくはセメント舗装道ではあったが、小石や起伏
(ワダチ)があれば足をくじいてしまう。街中を過ぎると神社らしき建物や墓らしきものがちらちらとある。奥駆
道へ通じる山道に到着するまでには 途中にトイレが2箇所あることは理解していたが明確な場所が分から
ない。走っていると広い駐車場の奥にある建物にトイレがあると思い、立ち寄ったがカフェ(お店)のようで、
店が閉店している以外に何もなく往復300mの無駄足となったが、そのすぐ先にある母公堂前にあるトイレ
には助かった。日が差し始め、車道も明るくなってきたので、この辺りから走り始める。
山道の入り口近くには、大型バスも駐車できるくらいの広い駐車場に乗用車が4台止まっていて、内一台か
ら2人の男性が降りてきて、山伏の服装に着替えている。私達が女人禁制の門の100m手前の川にかかる
橋(清浄大橋)を渡っていると彼らは出発の合図だろうか?強くほら貝を吹き始めた。その笛音は静かな山
々へ響き渡る(しみ込む?)。入り口付近は墓場となっており、そのすぐ先に木で作られた目立たない女人
禁制門があり、その門をくぐる。
山道は奥駆道との辻にあたる洞辻茶屋までは杉などの植林地帯のため、殺風景な景色が続くことになる。
山道の足場が崩れて危険と思える場所には鉄製の網等で作られた橋が設置されているが、その鉄網の橋
は雨で濡れていると、思っている以上に滑る。体重を乗せて足を運ぶとよく滑るので 腰を引いた状態で軽
く足を運ぶようにする。つづら折の道を幾度か進むと人気のない東屋へ到着することができた。ここは地図
上では一本松茶屋で現在は休業中と書かれているが 休業中が長いことが原因のようで、その茶屋は若
干寂れて荒れた小屋に見える。10m弱の茶屋を通り過ぎるとお助け水(水場)はそこから大分進んだとこ
ろにあった。お助け水は神社によくあるような手を洗うための石でできた石桶のような形で 水面のすぐ上
辺りに小さな祠を祭っている。植林地帯とは言え、自然の中にあるため、桶の下のほうには沈殿物がたくさ
んある。一応飲めることにはなっているが、水面に浮かんだ浮遊物を見て、少し飲む気がなくなる。注意書
きには、下の沈殿物を舞い上がらせないようにしてくださいのようなことが書かれている。桶の下にたまって
いる沈殿物を舞い上がらせないように置かれていた柄杓を使い、恐る恐る2口だけ飲んだ。座るために設置
された椅子はあったが、霧などで濡れていたため、座ることができず、立った状態のため、休憩も少なく済ま
せることになり、次の洞辻茶屋へと足を進ませた。
洞辻茶屋は営業していると考えていたが、朝があまりに早いため、まだ営業しておらず、中には数人の山
伏の人がいるだけでした。この山では出会いやすれ違い時の挨拶は「おまいり」と声をかけあう。山伏の集
団は私達が到着すると まもなくその場を出発した。建物の裏のキハダの木の近くに設置されているトイレ
で用を済ませ、少しの休憩と食糧補給の後、大峯寺方向へ進む。洞辻茶屋を出発し、整備された登山道を
少し進むと 陀羅尼茶屋が2軒ある。どちらもまだ営業はしていない。その先には、長い階段と岩登りが待っ
ている。階段の入り口に差し掛かると さきほどの山伏集団がいたので、その脇を通してもらった。山伏の方
々はその場で経を唱えられるようだった。長く続く階段は3度くらい折り返した後、「油こぼしの岩」の真下へ
着く。推定50mの霧で濡れた岩を登り、正面の大きな岩を右手に少し巻くと「釣鐘岩」への看板がある。コー
ス上から30m程度コースアウトすれば、木で作られた鐘掛岩の展望台(ウッドデッキ)に到着することができ
る。展望台に立つも360度(後方は岩ですが。)ガスのため、景色を展望することができない。釣鐘岩から離
れて奥駆道を進むと小さな祠やお墓のような石仏を幾らかやり過ごすことになる。大峯寺の途中で一番有
名な「西ノ覗」はその途中にある。コースの途中に立て看板のようなものがあり、その看板が示す方向へ進
むと覗きに到着することができた。普段は人一人が雨をしのぐことができる東屋(?)に年配の人が居て、縄
一つで貴重な宙吊りの御体験をさせていただけるが、朝が早かったため、この場所に到着しても誰も居ない。
以前この場に来た時は会社の行事の一環ということで数人の若い男性が岩から宙吊られて、貴重な体験を
される方が幾らかいたことを思い出す。岩から少し身を乗り出し、崖下を覗き込むが霧が深く立ち込めている
ので、崖下の状況が見えない。覗きを後にし、山道を進むと、ところどころ岩が露出している場所が数箇所あ
り、それら岩は濡れていて、とても滑りやすいので、重心を低くし、3点支持で足場を確認しながら進むことが
必要となる。平地部分の山道は整備されているので足場も良く、自然とペースが上がる。大峯山寺の石鳥居
を過ぎ、宿坊を左手に一段々々が少し高めの石階段を上がり、「大峯山寺」と書かれた石の彫刻と門の前で
写真を撮り、それをくぐると大峯山寺に到着できた。
本堂の前は25m×50m強の広場があり、本堂の向かいに建物、この広場に入るためにくぐった鳥居の右
手にはプレハブのような建物がある。プレハブの横には山上の花畑へ通じる道がある。向かいの建物には
歴史ある看板などが多く飾られている。2人で本堂の中に入り、お寺の中を拝観させていただいた。あまり
に静かな本堂内には人が居ないのだろうかと思った。しかし、妙に視線も感じるし、どこかに人がいるような
気がするので、辺りを見渡すと受付に一人と仏像の前に一人の合計2人いたことにとても驚いた。私達が入
ることができる広い土間には台が設置され、その上には生け花を生けるような金属性の大きな蝋燭台(鉢)
があり、その中央にはろうそくがついているのだが、ろうそくの固体は軸(紐)沿いに少し付着している程度
でそのほとんどが液体(ロウ)となっており、そのような状態で軸が自立していることに驚いた。私は、仏像よ
りもこのろうそくに目を奪われていて、あまり周りを見なかったが 本堂はとても歴史を感じる建築物と感じた。
本堂の前の石段に腰を据え、ご飯を食べ、小休憩を行う。奥駆道の入り口付近(本堂を向かって右手)に大
きな錫杖があったので、それを持ち上げることができるだろうかと2人でがんばったが、人が持てる許容量
をはるかに越えていると感じたので持ち上げることをあきらめた。少しこの広場で休憩させていただいた後、
本線(奥駆け道)へ戻る。
奥駆道の入り口付近は過去の地すべりが原因で、地肌が見え、その急な斜面上に登山道をつくったので、
足元が崩れやすくなっていたので注意しながらゆっくりと進むことにした。150mくらい進むと危険な場所が
過ぎ、笹の生い茂る細い尾根道へ入る。尾根道の両側には苔が多く付着しているブナ(原生林)がたくさん
生えている。細い笹道を進むと 笹葉についた雨水が足元の靴や靴下を濡らせてしまうため、履いている靴
はすぐにずぶぬれとなった。
小笹宿はブナの原生林を少し走った先にある。小川の音が聞こえ始めると その音が目印で、小笹宿に近
づいたことが分かる。小笹宿の避難小屋はとても小さくて、6人も横になれば少し窮屈になりそうなくらいだ。
小屋のすぐ横を流れる小川は前日までの雨天が影響したようで昨年来た時よりも水量が多い。この小川の
水は飲めるので、私は飲みやすいところを捜し、少し滝のようになっているところに行き、両手いっぱいに何
度も冷たい水を飲んだ。またリュックに入れていた別途水筒(リザーブタンク)にこの湧き水を約600ml補給
することにした。小川の周りには、一面に芝のような短い草が生えていて、その中から目立つようにトリカブト
やバイケイソウなどの毒草がたくさん自生している。この小川の水にはこれら毒草の影響はないのだろうか?
少し心配になる。小川のように流れていた水は奥駆道を弥山方向へ100mも進めば、その姿は地中へと隠
れてしまう。視界が少し開けたため、迷わないように木々の枝に張られたテープを頼りに尾根伝いに原生林
の中を走り続ける。回りの景色もブナの原生林がだんだんと少なくなり、少しずつ風景(木々)も代わり始める。
不思議なことで、ブナの原生林がなくなるだけで、普段の六甲山のような登山道に感じてしまう。ただ回りに
生えている木々は六甲山とは若干違い、たくさんの見かけない植物や石楠花が自生している。下り山道を
越え、山の谷間(コル?)辺りに来ると女人結界門の出口が見えた。この場所は「阿弥陀の森」(ナビキの
場所)という名前がつけられており、別の山道との分岐点にもなっている。鳥居(女人結界門)近くにある大
木の根元にはたくさんのお札が祭られている。
この場で小休憩の後、大普賢岳へ向かう。T氏は今回のトレイルランで初めてこの場で食事を取っていたこ
とに驚いた。私は燃料が切れることを恐れるあまり、常に口の中に飴など何か入れていたが、それは間違い
と後から感じた。口の中に常に何か(飴やガム)を入れる行為を行ってしまうと 不思議なことに 食料(口の
中のもの)が切れるとすぐに身体が次の食料を欲するようになる。そのため、最近では山へ入るとすぐにお
腹がグウグウとなる始末。この体質は治す必要があると感じた。このような体質になった理由は、超距離の
トレイルランを行った際、燃料切れを何度か繰り返したことを懸念し、食材は取れるときには取れるように心
がけた結果でした。以前なら、芦屋~有馬往復くらいなら、飲料水(スポーツ飲料)のみでクリアできていた
が、知らないうちにそれができなくなっていた。(今回のトレイル後、体質改善のため、トレイル時には、食材
をなるべく取らないよう心がけた結果、少しは元に戻ったような気がします。)
途中、明王ヶ岳(ナビキだったので札がたくさんあった)を過ぎ、次の小普賢岳は看板がなくなっていたため、
気付かずに通り過ぎる。その先の足場の悪い(泥道のような)急登を上ると展望のいい大普賢岳に着つくこ
とができた。(今日一番の展望でした。)この場所から弥山を望むことができるが、私自身、ここに来るのも
まだ2度目なので弥山の場所をはっきりとは特定できなかった。(見えているとたぶんその遠さに愕然として
いたと思う。)大普賢岳は六甲山と比べると季節が約1ヶ月遅く、6月末というのにシロヤシオが満開になっ
ていた。山道上には多くのシロヤシオの散り落ちた花があり、2人の花道のようでとてもきれいに感じた。山
頂の足元にはたぶんでテリハノイバラ?ミヤコイバラ?(不明)が生えており、あまりの場所(標高)違いのた
め、誰かの靴の裏に種がくっついて来てこの場で根を下ろしたのかな?と面白く考える。景色をさえぎるよう
なガスもなくなり、ここに来て初めて朝のすがすがしい山々を遠くまで望むことができた。吹き抜ける風もと
ても涼しくて温かくなった身体には気持ちがいい。少しの間 この場の展望に見とれ、2人共写真を撮り、大
普賢岳を降りる。
急なくだりを進み、尾根伝いに進むと、木でできた看板があった。「水太覗」という100mくらいの切り立った
崖の際から展望を望むことができる。大峰寺近くの西ノ覗の絶壁も垂直ですごく感じるが、この場所もそれに
劣らず すごいと感じる。ここからは岩場が多くなる。国見岳を越えると 奥駆道上、有名な薩摩転びの岩場
に刺しかかる。滑落防止のためとても太い鎖が長く設置されているため、安全にはなっているが、鎖がない、
もしくは鎖が細い場合はとても危険に感じるような場所だ。濡れて滑る岩場をしっかりと足と手で三点支持し
ながら、安全に崖場や急勾配の下りを過ぎると稚児泊のナビキに着く。ナビキの場所からすぐ先には七つ池
という深さ20mくらいのすり鉢状の薄気味悪い窪みに到着できる。そこからは 足場の悪い急登りを上がる
と七曜岳となる。山頂へ上がる道には鎖やロープはあるものの 足をかける場所が少ないため、がんばって
足を高く上げて上らなければならない。がんばって踏ん張ったことが原因で 鈍い音と同時にズボンの股が
破れてしまった。七曜岳の山頂では休憩場は少ないものの、展望がいいため、若干の休憩にはもってこい
の場所と感じる。偶然にも季節はずれの石楠花の花が一輪だけ残っていて、私はそれに目が止まった。残
念なことは この山頂の足元には大量のザイル(ロープ)の残骸が放置されている。過去に崖登りを行った
後、持ち帰ることがどうしてもできなかったのだろうか?それとも救助用にこの場所にわざとおいているのだ
ろうか?
そこから急なくだりを越え、尾根を伝って進むと行者還岳へ行く行き止まりの道と弥山行きの登山道を示す
看板に到着した。今回は、一度行者還岳の山頂を目指してから 折り返して来て弥山へ向かうことにした。
行者還岳山頂までは10年以上は変化しないような立派な金属でできた看板に約0.1kmと書かれていた
ので、それを頼りに進む。約100m地点と思われる小高い丘に着いたが山頂という雰囲気は少ない。しかも、
山道はその小高い丘の脇を越えて、さらに先に見えるここよりも更に50mくらいある高い山の頂方向へと
続いているのが見えた。看板に書いてあった100mは全くのデタラメで実際は、その立派な看板から行者
還岳の山頂までは500mくらいある。山頂をぐるりと鉢巻のように巻いて茂っている石楠花の木々をかきわ
けると、小さく開けた山頂に到着できた。山頂はハゲているため、シートなどを敷いて休憩などはしやすいが、
展望が望めないことが残念と感じる。山頂には、行者還岳という看板とその看板の横には太い錫杖が地面
に深く刺さっている。ここから先へ進む道はあるが、踏み跡が曖昧な上、地図上にも道の掲載がない(探す
気もない)ので上ってきた道を引き返さなければならない。行者還岳という名前はこの山には似合っている
と思った。
疲れきった足で登って来た山道を引き返し、看板があった奥駆道まで戻り、再び弥山方向へ進む。山道は
一転して、木でできた下り階段や足場の悪い下りはしごが連続して続く。元々立派な階段やはしごだったと
思うが、多くの登山者のアイゼンの棘などによりどんどんと足場の板が細くなっている。板が細くなった箇所
は登り工程の場合、どうにか進めるが、下る場合は、足場板が割れないようにするため、足を乗せたときの
衝撃を殺しながらゆっくりと足を運んでいく。どんどんと下へ下っていくと水が流れる音が聞こえ始め、その音
がどんどんと大きくなると業者雫水が近いと感じる。もともとは、この湧き水はとても汲みにくかったのだろう。
よって誰かがホースや大きな容器などを設置してこの湧き水を飲みやすくしたのだろう?行者雫水は前日ま
での雨天のおかげで長いホースの先からは水があふれんばかりに流れて出ている。ホースから出ている水
を飲めるだけ飲み、背中のリザーブタンクに少し水を入れる。この場では休憩をせずに そこから少し上った
先にある行者還避難小屋に入って大休憩を行った。この小屋は今までのプレハブ小屋ではなく、丸太木で
作られている。外見もとても大きく、入ると小屋とは言えない位にとても広い。部屋が2つあり、さらに炊事場
のような場所もある。トイレは一度外に出て、入り口の左側へ建物沿いに進むと入り口がある。もちろん水
洗ではない。小屋の中の各部屋はさらに2段ベットを大きくした作り(2階層)になっていて、そのひとつの部
屋の端には毛布がいくつか置かれていた。今までの避難小屋とは違い、相当数の人を収容できる造りにな
っている。この場所からは弥山の山頂にある山小屋を見つけることができた。それは、とても遠くの山に小さ
く見えたので、疲労がたまった身体には、その風景に対し驚きと絶句しか出ない。
今回のトレイルラン工程はだいたい計画した予定時刻よりも遅れていたので、ここから次の奥駆道出合ま
での区間を一気に走ることにした。途中の山道尾根には、背の高いバイケイソウの花が山道の脇にもたくさ
ん生えていたので、それらをかき分けて進む。荒廃した避難小屋周辺は水が溜まり、湿地帯のようになって
いる。朽ちた小屋がよりいっそうこの辺りを薄気味悪くさせているように感じる。奥駆道出合に着いたあたり
から登山人が多くなってくる。奥駆道出合の分岐点から下山するとすぐ下に駐車場があり、弥山に訪れる人
のほとんどがこの場所に車を置いてから弥山へ登るためと考えられる。湿地気味の登山道が続く「弁天の
森」を越え、理源大師像が見えると尾根の平坦とは別れる。ここからは弥山山頂までの200mの急登へ変
化する。
山道の始まり付近は雨水でU字に侵食され、さらに大小のゴロゴロ石が転がっている。石は不規則に転が
っているため、かなり足を上げなければいけない場所もある。上がらない足をがんばって上げると、右足の
太ももの裏が痙攣を起こしそうな感覚になった。何度も立ち止まって足を休憩させるが一向に改善はしない。
足場の悪いゴロゴロ道をひたすら上がり、どれくらい時間が経過しているのか確認すると、登り始めてまだ
10分しか経っていなかった。前回の経験上、弥山小屋までの登り工程は約30分続くことを知っていたので、
まだ山頂までは20分は時間が掛かるという事が分かる。弥山への山道は標高が上がると途中から山道保
護のため木の階段へと変化する。この木の階段が始まるということは、登り始めから弥山小屋までの区間で
考えると、中間地点付近にたどり着いたことになる。太ももは痛みのため、高く上げることができないので、T
氏に先を譲り、私は、休憩をたくさん行いながら後を追いかけることにした。T氏との差はどんどんと広がるが、
足が動かないためどうすることもできない。痙攣を起こしそうな感じは理解できるが、スポーツドリンクの粉な
どは用意し忘れたため、今できる対処する方法は水を補給するくらいしかない。水を少しずつ補給しながら、
がんばって登り続けると、モーター音が聞こえてきたので山小屋に到着したことが分かった。一気に上りつ
め、山頂にいくつか設置されている木のテーブルとイスに腰をかけて息を整えた。
T氏は先に到着されていて、まわりをいろいろと散策されていたが、私は全くの余裕がない。軽食を取り、
痛み出した足の筋肉や膝の状態と体力を考え、残りの工程を考える。この場所よりもさらに高い位置に八経
ガ岳があり、弥山の位置からは高低差は50m程度ある。上るためには、一度30m程度下るため、八経ガ
岳へ上るには実際80m~100mの登りを進まなければならない。八経が岳周辺の景色は今までとは違い、
立ち枯れの木々が目立つ。激しい気候変動に追いつくことができないのか?鹿の食害にあったのだろうか?
八経ガ岳の周囲は鹿対策として人の背よりも高くネットがぐるりと張られている。中に入り八経ガ岳に上るた
めには、六甲の魚屋道にあるような扉(高さが倍くらいある)を開けて中に入らなければならない。弥山から
八経ガ岳へ向かう下り坂も膝が痛く、また登りに差し掛かっても 痛くて全く足が上がらない。今回のトレイ
ルランでこんなにフラフラになることを全く予想していなかった。おそらく、膝が痛くなり、それらをかばった結
果、いたるところにガタが来たと考えられる。 下山ができるだけの体力は残っているのだろうか?そう不安
になってしまう。この辺りは後1月ほど遅れて訪れるとたくさんのオオヤマレンゲが咲いていてとてもきれいだ。
今日はまだ青々とした葉の中に埋もれるように付いている小さな蕾を確認できる程度だった。弥山から八経
ガ岳までの区間は 前回はとても短く感じたが、今日のように疲れるととても長く感じる。重くなった足を持ち
上げ、どうにか八経ガ岳の山頂に着くことができた。記念撮影の後、休憩を行う。前回同様、なぜかこの場
所には昆虫が多い。特にハエがうっとうしい。隣でカップラーメンを食べるためにお湯を沸かしている光景が
今の私には、とてもうらやましく見える。
本来なら、この場所から弥山へ戻り そこから下山する予定だったが、互いの体力はかなり深刻な状態ま
で陥っていたため、このまま、最短ルートで下山する計画へ変更することにした。そのほうが上り工程が少な
くなり、距離も約1km短くなる。互いの水の残量を確認してから下山を始める。私の持っている水の残量は
約800mlでした。今日の気温の低さから考え、天川村の市街地までの残り約11kmを走りきることができ
るだろうと考えた。
八経ガ岳を出発し、弥山辻からレンゲ道の下山道へ入り、高崎横手出合という辻までの約2kmは2人にと
って初めてのコースとなる。周りには高山植物や立ち枯れした木々があり、とても不思議な風景だったが、
それらを見て走る余裕もほとんどなく、ひたすら前を走るT氏に遅れまいと、転ばないように足元を注視する
ことだけで精一杯だった。山道は平地の舗装道と比べると 道のりが倍に感じる。それは同じ距離を走るの
に必要な時間が約2倍かかることが理由と予想している。平地(舗装道)と同じように走ることができればい
のだが、足場の悪い山道を平地(舗装道)と同じように走ろうとすると不思議なことに体感速度がそれ相応
に速く感じる。今回の八経ガ岳からの下山道も2人とも速度が落ちたため?私が足を引っ張っていたため?
5km程度を下りきるのに、約1時間かかっている。栃尾辻という場所に避難小屋(扉もなく土間作りの室内
には腰をかけるものすらない薄気味悪い小屋)があり、この場所がこの長い下山道に入ってから だいたい
の中間地点となる。下り道は足場の悪さや疲労のため、走る速度もいつもより衰える。急な下り道や尾根の
巻き道などたくさん走り下ったのに栃尾辻が見えてこない。うんざりするくらいに山道をくだり、膝や足の裏の
痛みが増してきて、痛くてどうしようかと考えながらも 歩みを止めるわけには行かない。途中、何度も屈伸
をし、時には、屈伸の最中に両手首を屈伸した足の間に挟んだりして、膝の痛みを和らげようと試みた。不思
議と屈伸をするとこわばった足の筋肉が和らぐみたいで、膝の痛みも少しの間は改善される。
ようやく避難小屋にたどり着くことができた。私はこの場所が丁度中間点というと、「せめて後5kmと言って
ほしいと話された。」うんざりするほど山道を下ってきたのに、まだ半分の距離だったとはお互いに認めたくは
ない。その上、この栃尾辻は六甲山よりも標高が高い位置であることも疑いたい。途中、ヘリポートへと続く
車道(ジャミ道)に出る。地図上では下山道はこの車道と2度交差することになっている。私の考えでは、一
度目に車道に入ったとき、そのまま車道沿いに下れば、2度目に出くわす車道に繋がる。この車道を進むこ
とができれば、無駄に山道の尾根を登り降りする必要もなくなり、走行距離も大分短縮できると考えられる。
でも、相当量の体力を失い、携帯する水もお互い少ない状況では 危険な選択「経験のない道の選択」は許
されない。この状況下では、ミスするとたぶん引き返す気力すらないだろう。そう考えると迂回ではあるが、
正攻法で下山道を進むことが正しいと考えられる。車道をうらやましく左下に眺めながら 普段なら急にも感
じないような上り坂を 動かなくなった足を持ち上げながら進む。時折木々の隙間から見ることができる天川
村はまだまだ小さく、山道を下ってもさほど大きくは目に写らない。数あるトレイルランを経験してきたが、こ
れほど下り道を下ることが嫌になる山道も少ないだろう。杉やヒノキなどの植林地帯に入ったことは天川村
がより近くなったことを教えてくれるので少しの安心感があった。この下山道は最後に網で石を固定した階
段があり、市街地まで残り僅かと分かる。その網で固定されている階段は、荒れて崩れていたり、傾いてい
たりと、とても足場が悪く、何度も滑って転倒しそうになった。膝も痛く、足の筋肉も痛いので、この荒れた階
段はかなりつらい。どうにか下の住宅街に降りると数分先に到着していたT氏が待ってくれていた。2人で住
宅街を歩き、主要道に出た後に商店の前に設置されている自動販売機の方向へ向かって最短距離で進む。
自動販売機の場所は分かっている。久しぶりに出た道路は 照り返しなどで気温が上がっていて とても暑
く感じる。この場所は、六甲でいうとだいたい風吹岩くらい(600m)の位置だったが今まで涼しい場所を体
験している以上、この場所がどうしようもなく暑い。これから先 洞川温泉まで どうしようかと2人で意見を出
し合いながら車道を歩く。洞川温泉へはコースが2つあり、車道沿いの急登を進むか?川沿いの階段地獄を
進むか?2つの選択を迫られる。一応、じゃんけんで勝利した方へ進むことになったが、すでに走るというこ
とに対しての心のともし火は2人とも消えている。私は車道の右側を歩いていたので、勝つと車道を選択。T
氏は左側を歩いていたので勝つと川沿いとなる。幸運(?)にもじゃんけんは私が勝ち、洞川温泉までは車
道を進んで向かうことになった。この時点で この方向を選択したことが正解だったことを2人ともまだ知らな
い。車道を進むとすぐに登りへさしかかる。暑いし、疲れた身体では歩く気力も少ない。約200m進むと道の
反対側のバス停留所が目についた。洞川温泉から下ってくる側にバス停があるのなら、洞川温泉行きのバ
ス停もあるのでは?そう考えて当たりを目で探すと、道沿いに作られた3人が並んで座れるくらいの小さな
東屋を見つけた。近づくと 時刻表も貼られていて、それがバス停と分かった。小さなバス停に到着し、偶然
にも時刻表を見ると運良く約15分後に洞川温泉行きのバスの運行予定があった。(この路線バスは1~2時
間に1本という中での幸運)結局走り始めに私が予想したとおり、最後はバスに乗ってゆらゆらとゴールへ向
かうことになった。バスに揺られながら、洞川温泉までの道のりを車窓から眺める。洞川温泉への道のりは
記憶とは違い、緩やかだが登りが多いことに驚き、このバスに乗れたことは本当に幸運だったと思った。バ
スは洞川温泉街の中央付近のバスターミナルに到着し、料金を支払いバスから降りる。洞川温泉センター
はこの温泉街の入り口付近にあるため、重い足を動かし、温泉センター(駐車場)までの残り200mを歩い
て 無事にゴールできた。あまりの疲労感のため感動も少なく感じる。温泉センターは駐車場がとても広く、
広い駐車場の奥に温泉施設がある。温泉施設のホールは広く、休憩場所は若干狭い作りとなっている。着
替え場所は普通くらいの広さ。中に入ると全体的には広くはないが、広い湯船が2つと露天風呂が一つある。
ボディシャンプーやシャンプーは設置されていたものを利用させていただき、洗い場で身体を洗い、内風呂に
入る。眠気のため、そのまま寝てしまいそうな感じだ。30分程度入り、着替えてホールに出た後、奥の休憩
場所で少しの仮眠を取る。30分強の仮眠を取った後、車に戻り帰途に着く。途中、天川村の物産を売ってい
る場所に立ち寄り、土地ならではのお土産を物色して帰途に着いた。車で運転中に、白い葉が目に付いた
ので、マタタビの葉と判断し、少し刈り取る。(帰宅後 ノラ猫をさがし、与えようと思ったが、ノラが見つからな
い。次の週に六甲でもマタタビを探したが、魚屋道では とても人が立ち入れそうにない向かいの山に白い
葉を発見。)刈り取ったもののめったに見ない植物だけに、花だけでは判別に若干の不確かさがあったので、
不確かさをなくすために実を探す。その結果、虫が宿った実と通常の実をつけた枝を見つけて マタタビの木
と確信することができた。T氏は猫を飼われているので、ぜひ猫のためにと、少し刈り取らせてもらった。帰り
は道も混雑することなく、途中のコンビニでアイスクリームとコーヒーを購入する。八経が岳からの下りを必死
に走っていたときに終わったら 絶対にこれを買おうと考えていたものでした。アイスクリームとコーヒーを購
入し、飲み食べながら大阪教育大学近くから名阪国道へ入り、阪神高速を利用し阪神甲子園駅へ向かった。
出発時刻を午前1時と早くしたため、西宮に到着してもまだ日が出ていて明るかったので、家へ到着し、余裕
を持って速めに就寝することができた。 (大会開催日:2013・9・22)