
第615号
2016年~2017年シーズンを振り返って!
(熊本への想いを中心に)
2017年6月1日
AAC会員
野上 亨氏
皆さん、こんにちは。大変ご無沙汰しております。会員の方が増えて、私の事を ご存
知でない方が多くなったと思います。 7年前の体調不良以後、練習会やイベントから
ほとんど遠ざかっています。そして今年2月2日に60歳になり、3月末には会社を定年
退職して、これからはイベントに参加する事があると思いますので、よろしく お願い
いたします。
さて、大会では制限時間内にゴールする事がやっとの状態で恥ずかしい限りです。
今回は、「熊本城マラソン」が開催された熊本への想いを中心に、昨年から今年にか
けて参加した大会を紹介いたします。
熊本城マラソンは、熊本市政令指定都市移行(2012年4月1日)を記念し、熊本県出身
で「日本のマラソンの父」と言われる金栗四三(かなぐり しぞう)氏を冠し、60回以上
の伝統がある「金栗四三30kmロードレース」に併設して、2012年2月19日から開催さ
れている都市型市民マラソンです。
昨年2月21日に「熊本城マラソン」で初めて熊本県を訪れました。訪れる前から、実行
委員会のFacebook記事にコメントすると必ず返信があり、好感を持って参加した大会
でした。熊本市中央区の繁華街「通町筋(とおりちょうすじ)」をスタートして南区と西
区を通り、中央区の熊本城「二の丸広場」へゴールする42.195kmです。沿道は、途切
れる事が無い熱い応援と、温かい「おもてなし」に感動した素晴らしい大会でした。
さらに、帰宅後お礼のコメントを書くと、「野上様、初めて熊本県へ来ていただいて満
足いただけたか、と心配しよったとです。満足いただいて事務局一同 むしゃん嬉しか
です。来年も お待ちしとりますけん、参加してはいよ。」と返信があり、熊本が一気に
好きになりました。
そして大会から2ヶ月足らず、4月14日と16日に熊本地震が発生。2月末に、自身が学
ぶ大学のスクーリングで、熊本を5月に訪れる事を決めていました。なんとか大学も飛
行機も再開、ホテルも開催日1週間前に営業再開されました。
街は、一見 被災前と変わらない様子でしたが、熊本城方面へ歩くと、全壊した神社の
本殿、崩れた櫓の石垣、そして変わり果てた熊本城の姿を目の当たりにして涙が出
ました。
スクーリングの中で、グループ討論の時間があり、八代市の避難所から来られた方、
自宅が全壊した方等 おられました。「兵庫県から来ました」と言うと、皆さんから
「こんな時に熊本へ来ていただき、ありがとうございます。」と言われました。
訪れた2日間にも震度3の地震をホテルや授業中に経験しましたが、空港やホテルで
も言われたこの言葉には感動しました。同時に、被災後1ヶ月は災害復興段階では
「急性期」と言われる、一般人が入るのは控える時期でしたが、訪れた我々に対する
優しさも感じました。
今年の開催は難しいと思われましたが、県民の方のご尽力と ご協力で 被災から1年
足らずの2月19日、コース変更もなく開催されました。私は「どうしても参加したい」
との想いから、抽選が無い「チャリティー枠」で参加しました。昨年 秋にも訪れ、地
震後では3回目の熊本、「走る事ができる感謝」と「元気を出して欲しい」、「笑顔に
なって欲しい」と考え「くまモン」の被り物で走りました。しかし、沿道やエイドで
「くまモン、頑張れ!!」と声援いただき、予想どおり私の方が元気をいただきました。
ゴール前の熊本城内では、沿道の崩れた石垣の前を走り、昨年以上の感動があり
ました。
参加賞の中には、「大きな傷跡を残しましたが、それでもなお力強く立ち続ける熊本城
を、復興に向かう熊本を、多くの人に見て欲しい。そんな思いを込めて、天守閣の瓦
のかけらをお贈りします。熊本の街や人を見守ってくれた熊本城。これからは、この
瓦とともに前より もっと活気に満ちていく熊本を見守ってください。」のメッセージ
とともに、瓦が入っていました。
平成の大修理が終わり再オープンした姫路城が日本一の入館者数を記録するまでは、
熊本城が日本一の入館者数を誇っていました。「阿蘇くまもと空港」があり、被害が
大きかった益城町では、着陸する前に現在でも青いビニールを被せた家が見えます。
まだ復旧も ままならない地域がありますし、熊本城の復旧完了は 2036年の予定です。
しかし、県民の方が言われた前述の言葉のとおり、機会があれば熊本を訪れていた
だき、現在の姿、いや現在しか見られない姿を見て欲しいと思います。
それが支援にも繋がります。私は、これからも定期的に熊本を訪れる予定です。