
第653号
萩往還マラニック第30回大会を終えて!
2018年5月22日
AAC会員
山本貫太郎氏
いつもお世話になり有難うございます。2015年入会の山本貫太郎です。
今回はゴールデンウィークに開催された萩往還マラニックの報告です。
先ずは『山口100萩往還マラニック大会』とはどのような大会か?
それは必要なものを自分で背負い地図を片手に景色を眺め、出会った人との交流を
愉しみながらコースを巡るもので、競争を目的とはしません。種目は250㎞、140㎞、
70㎞、35㎞。(私は毎回250㎞に参加。)
250kmの種目は毎年5月2日の16:00に山口市の瑠璃光寺をスタート、一路日本
海を目指し、下関市・長門市・萩市を通過、最後に幕末の志士達も走った石畳の萩
往還道を通り、5月4日18:00までの都合48時間以内に再びスタート地点の瑠璃
光寺に戻るというものです。その全行程は風光明媚な景色でありながらアップダウン
の連続するハードなコースです。コース中には荷物のデポが2ヶ所、チェックポイント
が14ヶ所、公式エイドが23ヶ所設けられています。この様な『山口100萩往還マラニ
ック大会』も今年の第30回大会で惜しまれながらも終了となります。今年の250㎞
のエントリー状況は600名の枠が募集後わずか6分足らずで定員一杯になった模様、
恐るべしです!
過去の個人戦績は5勝2敗。詳細は初出場が平成8年の第8回大会(当時33歳)。
結果は200km過ぎの萩市内でボロ雑巾のように回収車に強制収容されリタイア。
リベンジを期した翌年の第9回大会は無事時間内に完踏するも、酷いダメージで1
週間ほどまともに歩けず。これでお腹一杯になった私はランニングから一時撤退。
(この年一緒に出場した友人R君はその後も出場を続け、今年最多完踏記録18回
で表彰を受ける。最後の今大会では栄光のゼッケン1で出場し、無事19回目の完踏
を達成。継続は力なり!)
その後10数年のブランク経て再び第24大会(当時49歳)で萩往還に再挑戦するも
あえなく235㎞でタイムオーバーのため強制退場。翌年の第25回大会は無事リベン
ジを果たし、その後は第26回を除き毎年出場、今回の完踏を含め通算成績は6勝
2敗の勝ち越しとなりました。
今大会参加に際して、目標は時間内完踏!
作戦は練習不足のためタイムは気にせず最初から走りと歩きを織り交ぜ決して無理
はしないこと。大会前日は毎回の事ながら夜遅くまで準備。(今回は悪天候と好天候
の両方が予想されウェアに必要以上に悩む。)
大会当日の5月2日、早朝4:00に起床し芦屋の自宅を寝不足状態で出発。午後か
ら雨の中、受付及び説明会。(ここで友人のR君が最多完踏18回で表彰を受ける。)
18:00のスタート時にも雨は止まず簡易ポンチョを纏って瑠璃光寺を最終組にてス
タート。前半戦は真夜中の田舎の田んぼ道をカエルの大合唱を聞きながらひたすら
日本海を目指す。途中雨は上がるが前日の寝不足が響き初日から激しい睡魔に襲
われ蛇行しながらの走行。
5月3日、夜明け近く6:00に何とか第1デポ(旧油谷中・87㎞)に到着。仮眠は
せず着替えだけを行い再スタート。遅いながらもここまでは順調。コースは日本海に
面するアップダウの連続する厳しいコースに様変わり。このあたりから徐々に左ひざ
に違和感が・・・・。第5チェックポイントの立石観音手前の110㎞地点でついに左
ひざが悲鳴を上げ走ることが不可能に。ここでリタイアの言い訳をあれこれ考えながら
気分転換にスマホのフェイスブックをチェック。すると『川の道フットレース512
km』に参戦中の千原さんの途中経過のアップが。内容は『4日目に316㎞の善光寺
に到着、ダメージは大きいが引き続き前進。』とのこと。千原さんが匍匐前進しながら
日本海を目指す姿が目に浮かび、ここで簡単にリタイアすると今後2度と遊んでもら
えないなと観念し、残りの140㎞を這ってでもゴールまでたどり着くことに急遽方針
転換。
まずは作戦変更、膝に負担がかからないよう残りの全工程を走らず歩き切る。また、
歩きで時間を使い制限時間に余裕が無くなるため残りエイドでは座らない、またデポ
でも仮眠をしないことに決め余裕時間の捻出を図ることにする。その後、焦らず一歩
一歩着実に歩みを進めるも今度は夜半から天候が急変しに突如雹が降り始める。
レインウエアをデポに置いてきたため防寒着が無く、また走れず歩きのため体温が
下がりとても寒い。四苦八苦しながらも何とか5月4日0:00第2デポの宗頭文化セ
ンター(175㎞)に到着。当然、歩きで時間に余裕がなく簡単な食事と着替えを済ま
せ仮眠は取らず13:00に再スタート。ここからは萩に向かっての峠越え。
2日目の夜の睡魔は強烈であちらこちらに幻覚が出現、知らぬ間に眠りながらの歩
行で終始蛇行、何度か注意されるも効き目は無し、挙句の果てに立ったまま眠り後
ろから来たランナーと接触・・・。その他色々なトラブルもありながらも大事には至ら
ずどうにかこうにか峠を越えて夜明け前の3:30萩市内に到着。ここで残り60キロ
を14時間、引き続きの歩きでもゴール出来る見込み。だが、最後に難関の萩往還
道が有りまだまだ楽観は出来ない。
3日目の5月4日は快晴。気温は低いが日差しはきつくコース上は暑い。11:00
最後の難関萩往還道に到着、残り30キロを7時間、少し余裕が。しかし道は急な上
り下りの連続に加えて歩きにくい石畳、まだまだ油断はできない。吉田松陰ら幕末の
志士たちも走った同じ道を転ばないように注意しながら無心で前進。ひたすら我慢で
萩往還道終了。最後は長い長い下りの舗装道路。ここにきてやっと少し走れるように
なり、ゴール手間の直線道路では大会運営者・ボランティア・選手・応援の皆様と笑
顔でのハイタッチを交わしながら5月4日16時46分見事ゴール。
所要時間46時間31分44秒。
ゴール後も新幹線の時間に追われながら、ここでもゆっくりすること出来ずに慌てて
駅へ。娘に乗り過ごし予防の降車コールを頼み、新幹線内で一人祝杯。その後は目
を閉じた瞬間に深い眠りに。
毎回の事ですが、走っている最中はこんなに痛く、眠く、辛いのに何故申し込んだの
だろうと後悔し、二度と出場しないぞと誓いながらも、ゴールテープを切った瞬間から
何て愉しかったのだろうという思いに変わるのは何故でしょうか? しかしこの思いも
今年で最後、愉しかったわが家のゴールデンウィークの風物詩が無くなるのは寂しい
限りです。
最後にゴールデンウィーク返上で30年間も大会を支えていただい大会スタッフ・ボラ
ンティア・応援の皆様方本当にありがとうございました。
また、私は今年で『萩歴』が足掛け22年、その間に家族構成・仕事・社会情勢等色々
な変化が有りながらも現時点で『萩』を愉しめたことをとてもうれしく思います。
そしてこの喜びは家族や職場の人たち、ランニング仲間等たくさんの方々の理解と
協力が有ったからだと思います。改めてお礼申し上げます。『有難うございました。』
さて、来年からのゴールデンウィークはどうするかな?
(大会開催日:2018・5・2~4)