
第528号
京丹後100km予想を覆し”完走”
2015年9月24日
AAC会員
目堅 孝氏
9月20日に開催された2015歴史街道丹後100kmウルトラマラソンの100
kmの部に参加しました。2012年の京丹後60kmに出走し、途中の酒屋で長
い間カキ氷休憩を経て、“そろそろ行きはったら”と酒屋の奥さんに追い出され
て辛うじて完走しました。その後のユリカモメ70kmを1回目42.195K、2回目
30kmでリタイヤし、AACのメンバーからは“根性なし”のレッテルを張られてい
るのを薄々感じてました。
山崎さんから“京丹後に久しぶりに出ませんか?”と言われたとき、“汚名返上
だ”と思い即出走を決めました。(後から考えれば四万十100kmの抽選結果を
待てば良かった) 夏場を休養し9月からスタート、2・3月ピークを基本方針と
する私のランニングスケジュールを変えるべく、西国街道マラニック52kmに参
加し、自宅→芦屋浜→武庫川→仁川ピクニックセンター→芦屋川→自宅の35
~36kmをトレーニングコースに設定し練習開始しました。
しかし、「ユリカモメのトラウマ」か、いつも武庫川手前の「ファミマート福田東鳴
尾一丁目店」でピタッと足は止まり、毎回阪神電車で鳴尾から打出まで帰る始
末でした。あまり暑い夏に無理してもアカンと、「気楽にレースに出よう」と方針
を再変更し、例年通り大したトレーニングもせず当日を迎えました。
廣田さん運転のマイクロバスで移動でしたので道中を快適に過ごし、魔の前日
の夜を迎えました。メールかフェイスブックか知らんけど、5分間隔でピーピーと
入信の音がうるさくて、1時間半位の睡眠で当日の朝を迎えました。
(犯人は一番最初に寝た太目のYさんのようです)
男性トップだったNさんや女性トップだったTさんと並び、1回目の七竜峠もジョグ
で越え、快調に6分/km程度で30km付近の海山園まで着きました。しかし、
その後は悲惨で、2回目の七竜峠はウォーキングに変わり、噂の碇高原は途
中の下りも走る気はせず、ずっと歩いてました。このあたりからAACのメンバー
に次々と抜かれ、月100km程度しか走らない東さんや広井さんにも置いてい
かれたうえ、食べ物があまり口に入らなくなってきて、ちょっとヤバイかも(棄権
するかも)という気になってきました。
しかし、参加料18,000円+α(旅館代等)を払ってTシャツ1枚では悲しすぎる
ので、完走だけは何とかしようとタイムは気にせず、上りはどんなゆるい坂でも
ウォーキングに徹底し、(大阪マラソンで後半のハーフを全て歩いた経験が活
きた) “目堅さんはリタイヤ”という大半の予想を覆し、見事12時間39分58秒
でゴールしました。
山崎さんや廣田さんに感謝するとともに、私は42.195km以上の距離に適性
がないのを再認識したので、ウルトラマラソンは当分休養するつもりです。
(大会開催日:2015・9・20)