第22号-1ご報告!(その1)

第22号-1ご報告!(その1)
2010年12月16日
AAC会員
山口孝氏

皆様はじめまして。山口と申します。今年の7月に出場した皆生トライアスロンで、
久しぶりに宗政さんにお会いし、クラブへの加入を勧められ、お仲間に入れて頂
きました。気がつけばもう今年もあとわずか。遅くなりましたが、自己紹介をさせ
て頂きます。

とあるきっかけで始めたトライアスロンですが、かれこれ20年ばかり楽しんでい
ます。14回大会から毎年出場していた皆生に、今年は4年ぶりに出場しました。
練習不足で走りきれるか心配でしたが、非常に暑い条件下、タイムは良くありま
せんでしたが目標の100位以内も達成でき、楽しいレースでした。多くの仲間に
声を掛けて頂きました。出場できなかった3年半は、日本の反対側中南米に位
置する『メキシコ』に赴任していました。

本当は行きたくなかったのですが、色々理由を並べても企業というところはそう
甘くは無く、2007年4月からメキシコに赴任することになりました。メキシコは高地、
盆地で空気は悪い、治安も良くない、という情報の中、室内で乗るためのロード
レーサー、町乗りのMTBを引っさげて、まずは2年という約束で、日本の住民票を
抹消、メキシコでの在留邦人となりました。

メキシコって知っていますか?サボテンに山高帽、テキーラにギター、そんなイ
メージですね。私が住んだのはメキシコの中でも一番の大都市、メキシコシティー。
2千万人が暮らす、メキシコ一番の大都市です。標高は2240mの高地、居るだけ
で高地トレーニングです。言語はスペイン語。ご本家スペインとは少し異なる、す
こしなまったスペイン語。日本で事前に少し学習はしましたが、言葉の壁は厚い。

まずは住居探し。メキシコは危険な地域ということで、住居は24時間ガードマン
が常駐していることが条件。幸運にも新築のアパート(マンション)が見つかり、
そのアパートのオーナーがモニカていうおばさん(失礼)。歯科医で日本に留学し
た経験があり、日本語が話せました。

その次はスポーツクラブ探し。アパートの近くにショッピングモールがあり、その中
にSportsCityというメキシコで全国展開のスポーツクラブがあり、そこに入会。た
だ、裕福層のスポーツクラブで、入会金日本円で20万円、月会費が2.5万円程し
ます。安くならないか・・・と交渉し、入会金は20%の割引でした。スポーツクラブ
は・・・やはり高価だけあってレベルが高かったです。スピナッチって、音楽に合
わせ固定式の自転車を漕ぐクラスがあるのですが、ほとんど全員がハートレイト
モニターを装着。トレッドミルのランナーも殆んどが心拍数管理をしています。どこ
かヨーロッパの雰囲気が漂うスポーツクラブでした。スペインに侵略されたメキ
シコ、ヨーロッパ系の白人も多く住んでいます。

プールには・・・いましたよ、アイアンマンのキャプを被った人が、カルロスという
2m近いドイツ系、ルーベンというナイスガイ。彼らと知り合い、彼らのチームに入
れてもらい、私のメキシコライフは非常に有意義なものになりました。彼らは外資
系(アメリカ系)企業に勤めていて、まあお金持ち。英語やスペイン語でコミュニ
ケーションを取っていて、ある日練習会に誘われました。私のアパートを教え、カ
ルロスの車で迎えに来てもらいましたが、約束の時間の20分位遅れ、ホンダC
RVで現れました。まあ、約束の20分遅れはメキシコでは許容範囲でしょう。
(未だその癖が抜けないのは困ったものです・・・)

その日の練習はバイクとラン。私のアパートから20分くらい走り、練習場所であ
るオートドモロていうサーキットに到着。後で知ったのですが、1988年頃にF1を
開催した世界レベルのサーキットで、こけら落としのF1で練習走行中にメキシコ
の英雄ロドリゲスが事故死するいわくつきのサーキットでセナVSプロストの全盛
期、最終コーナーでセナもクラッシュしたサーキットです。ちなみに、すぐそばに
野球場もあり、ワールドクラシックベースボールも見に行きました。このサーキッ
ト、自動車のイベントが無い限り一般開放しており、週末、特に予定がないとき
は、このサーキットに電話して予定を確認して、フリーに使えるときにはよく走り
ました。国際クラスのサーキットですが、何と無料開放。自転車をはじめランニン
グ、ローラースケート、三輪車なんても走っています。自転車レースも定期的に
開催していて、私も2度ほど参加しましたが、悲しい出来事があり、その後は参加
してませんでした。この話は、また機会があれば。

チームの練習は、チームの専属のコーチが居てコーチが指示を出します。大体
は、一周4km程のサーキットを3-4周ランニングして、バイクを2-3時間先頭
交代で走り、そして最後にランを3-4周で、朝の7時頃から大体昼前後にコー
チが注意事項を話して終わります。このサーキット、かなりタイトなコーナーが連
続しますが、セーフティーゾーンも広く、そのエリアでサッカーを楽しんでいます。
メキシコ人はサッカー好きで、セーフティーゾーンでもゲームに熱中しているので、
ボールがコースに転がってきて、時より怖い思いをしたものです。このコース、全
く平らで、バイクでは先頭交代しながら走ります。日本人でここで走っているのは
私ぐらいなので、私は日本代表。メキシコ人には負けるものかと、けっこうマジ
に走りました。

自転車の練習ではこんなのもありました。集合場所からチーム員の車に自分の
車でついて行き、着いたのが郊外の山の中。辺りはまだ薄暗い。ここで車を置き
バイクを組み立て走り出します。サポートカーが2-3台つきながら、登り20km下り
10kmそしてまだ登り15km。そこで折り返して下り15km登り10kmそしてゴール。
標高はスタート地点が2000m途中では3000m付近まで登ります。さすがに寒い。
3000m級まで登ると、景色が変わります。高原道路。高地で呼吸も苦しいですが、
路面の悪さには参ります。至る所に穴が開いています。下りは恐怖、穴を避けな
がらのスラローム。日本の道路のすばらしさを、再確認です。

トライアスロンのレースの方は、2007年はメキシコ・カンクンというリゾート地でワ
ールドカップがあり、エイジの部で出場。日本人は私だけだったので、その後で
開催されたワールドカップでは男女10名ほどの日本人選手が出場したので応援
に。ここで上田藍選手と山倉コーチと知り合いになり、彼女らは毎年メキシコのク
エルナバカって所に合宿に来られており、私も2回ほど参加させて頂き、トップ女
子選手の実力を見せて頂きました。2008年にはカンクンのハーフアイアンマン
とケレタロって言うメキシコの田舎のハーフアイアンマン。現地に住む、日本人の
方取られた写真が添付の写真です。(日本人が走っており驚いたと申しておられ
ました)2009年は同じくカンクンのハーフアイアンマンに出場。世界で屈指のリ
ゾート地でのアイアンマン、世界選手権の切符も手に入れましたが、この話もまた
の機会に紹介します。

マラソン大会は、一番規模が大きいのがメキシコシティーを縦横に走るメキシコ
マラソン。ハーフもありました。Nikeの10kmマラソンやハーフ10kmなど、多いと
きには毎週アパートの近くで大会がありました。多くは賞金レースで、1位が日本
円で5-6万円位の賞金。メキシコの平均労働者の月収くらいはあるのはないか
な。ランのレベルは高いです。この高地なのに、10kmの草レースの優勝タイム
は32-33分です。私は本気で走っても50分以上掛かりました。
(メキシコ生活の詳細はmixiでTyingメキシコっていう名前で紹介しています)

3年間メキシコに勤務しましたが、トライアスロンのお陰で充実した日々を過ごす
事ができました。トライアスロンに出会って・・・・非常に充実した日々を過ごす事
ができましたす。メキシコでの赴任生活で、メキシコ人の友人ができたのもトラ
イアスロンのお陰です。これからも、未だ衰えを知らない諸先輩方を見習い、楽
しく参加させて頂きたいと思っています。今後は三田マスターズ、そして東京マ
ラソンに出場します。

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