
投稿第八号
第11回大阪城七夕駅伝大会参戦記!
2005年8月8日
芦屋浜アスリートクラブ
会員:本地 敏行氏
この大会は、大阪の市内にとても近く、容易に参加できるため、市民ランナーの幅を
越え、多くの職場集まりのグループも参加しているようです。今年は、3週間くらい前
に参加の連絡があったので、急遽参加となりました。この大会の申込はほかの大会
とは違い、開催日の3週間前まで申込ができる。そのため 先予定を組むことが難し
い人々にとっては大変助かると思います。
京都の10000人近く参加する某フルマラソン大会の場合、大会そのものは11月の
末に開催されるだが、参加の期限は5月くらいです。その後も申込はできますが、8
月くらいまでの間だと500円増し、9~10月くらいでの参加申込では更に1000円
増しという ひどいやり方を設定している。昨年台風のため急遽大会の開催ができな
くなり、結果、大会参加費を返却し、また参加賞の帽子を大会申込者全員に贈った
行為はとてもすばらしい。
(アッシャー君も同感だ!給料は横ばいか減って来てるのに、何故参加費は上がっていくの???)
しかし、今年は昨年の赤字を取り戻すためとも思える行為と勘違いされても仕方が
ないと思う。この手記でその大会のやり方を非難したいという理由で書いたのはない
ことを申し上げます。大会運営は大変かもしれないが、今まで出来ていた運営が今
年からはできなくなることは私にとっては考えられないからです。それが理由に東京
Aマラソンは参加者が15000人という大規模に膨れ上がったが、参加費の納める
方法は変わっていないようだ。関西は商売上手というが、参加者の足元を見られて
いるだけで よくよく考えると実は下手のようにも感じられる。
今回は京都の大会を例にとって書きましたが、参加者は大会側が差し出す意見を
理解して参加しているのだろうか?このような傲慢な大会には参加する側が淘汰す
べきではないだろうか。きついことを並べて大変失礼しましたが、ぜひ初心のころを
思い出してほしいという願いから書きました。
(とにかく、豪華なメダルや参加賞は要らないから、参加費を安くしてチョウダイ!!!)
さて この七夕駅伝のコースは対面通行で同じコースを区間が変わっても繰り返し
行き来するため 参加する側、応援する側にとって とても便利と思う。ただ不便な
点といえば、トイレが少ないため集中すること、雨天時は場所取りに大変苦労する
ことだろう。大会は夕方の開催のため、朝や昼の酷暑時間を避けることができてと
てもいい。しかし、今日は朝から雨模様。涼しいことはありがたいが、雨がやんでほ
しい。時間も刻々と過ぎ、ただ家でゴロゴロとしていただけだが、15時ごろに仕方
なく用意を始めた。会場へは家から30分強で着くことができる。
同じ参加者の方と大阪駅で出会い、その後、大阪城公園駅で下車、傘を差し、一
緒に会場へ向かう。例年では駅から会場まで向かう途中の広場にはバンド練習を
している若者達が縦長の遊歩道兼広場に等間隔で場所を取り、それぞれが演奏し
ている。さすがに今日は一人もいなく、とても静かだ。歩きながら、場所取りをどうし
ようかを考えていた。過去に数度参加したが、雨避けの場所はない。皆どこに陣を
張っているのだろうか。
会場へはスタート40分前くらいにつくことができた。とりあえず、受付を済まし、辺り
を見回す。多くの参加者はブルーシートを木々の間にくくりつけ上手く雨を避けてい
る。私達は雨の降る中、陣の選択に苦労した。初め大阪城ホールの出入り口の屋
根のある場所に陣を取った。しかし、入り口の警備員からすぐに立ち去るようにとい
うきつい言動を言い渡され、なくなくその場を離れることになった。このホールは私
達の税金で、また警備員も私達の税金でいるというのに、、、。実際に困ったときに
は税金を払っているというのに市民に全く還元されないという現実を受けてすこし腹
が立った。
その場を離れ、雨の中、陣を探しさまようことになった。よく見るとホールの2階部分
にあるヒサシには多くの人がいる。下の警備員室にいる警備員によると上のランナ
ーの荷物も撤去されるらしいが、まったくそれらしい行為が見えない。ついに警備員
も利用させてくれるような寛容な考えになっているのだろうか。軒下で雨宿りをする
だけでなぜ追い立てられなければいけないのか。。。
私達は、会場のスタート地点近くに知人がテントを張っていたので、そこに入らせて
もらうことにした。ほんとありがたい。スタートまでは15分を切っていた。私はアップ
に100mダッシュを2本行い、スタート位置に着いた。程なくスタートのホイッスルが
なり、ランナーが一筋の帯となり、狭い公園の遊歩道を占有し始めた。
折り返しのコーンではほとんど減速することなく、ランナーが折り返す。私はスピード
練習を全くしていなかったため、スピードが上がらず、息ばかりが上がる。500m地
点の1度目の折り返しをまだまだ余裕の気持ちで折り返す。この当りではほとんどの
ランナーが元気だ。その後走ってきた道を戻りスタート地点を通り過ぎる。この部分
でも少し弱気だがある程度元気だ。
このコースは一区間が3kmで短いとも思えるが、実はここからがしんどいのだ。そ
こから1km先の噴水に行くだけでありったけの体力を使い、最期たすきを渡すまで
の1kmという距離はとても長く感じ、ジリ貧のゴリ押し状態で次へタスキを渡す。タ
スキを渡す際、次の走者が現れず、私はタスキを両手に持ち、仁王立ちで次の選
手を呼び続けた。30秒くらいでどうにか気付いてもらうことができ、たすきを切らす
ことなく進めることができた。
駅伝競技は厳密には個人競技である。個人個人が持てる力を最大限に発揮し、
走りきることができればいいだけのことである。しかし、ただの個人競技ではなく、
先に待っている人がいるという思いがあるからこそ、最期の1mまで頑張ることが
できると思う。このような気持ちになることができる。だから駅伝はやめられない。
走ったあとは、メンバーの応援を行い、元メンバーの応援も行い、私的に大会が
終わったような気がする。チームのアンカーがゴールした後、最終ランナーのゼッ
ケンを見せると参加者数と同じだけのビールもしくはジュースをもらうことができる。
ビールは早くになくなるので、早めに引き換えにいくことが懸命と思う。全員の着
替えが終了し、私達は雨が降る中、会場を後にし、梅田へと反省会にむかうことに
なった。
(大会開催日:2005年7月3日)