宮古島大会を目指して見えてきたもの!  

投稿第125号
宮古島大会を目指して見えてきたもの!
  
2008年5月2日
芦屋浜アスリートクラブ
会員:宮武智恵子氏

『こんな私にも出来た!』素直にそう思ったら涙が出た!私がトライアスロンにチャレン
ジしようと思ったのは、今から3年程前で、夫と二人の子供にも恵まれ、平凡な毎日で
はあったが、子供の成長と共に、やかましく叱り付ける私自身には何が出来るのか?
自信をもって子供に伝え、残せるものはあるのかと考えるようになった。何一つ満足いく
ものはなく、自暴自棄になることが度々あった。
そんな時、毎年家族旅行で訪れていた宮古島で、トライアスロンバイクコースと書か
れた看板を見た瞬間、『これだ!』と思った。この時はよくわからなかったが、何か自分
の中に見つけることが出来ると思いチャレンジしょうと決めた。そして大好きな宮古島で
の大会を目標にすることにした。

当時、泳げなかった私は、幼稚園に通う息子と同じ水中に潜ることから始め、3年が
かりでどうにか泳げる様になった。ランニングも、1キロから距離を延ばし、ゆっくりではあ
るがいろんな大会で少しずつ自信をつけてきた。そしてバイクは、ママチャリしか乗ったこ
とがない私にとって、ペダルを固定する恐怖からなかなか抜け出せずに手こずった。何
度も車の行き交う路上にこけて、『死ぬんじゃないか?』と思うような怖い思いを味わ
った。
ふんだり、けったり、四苦八苦しながら何とか昨年、青垣・グリンピア三木・ひわさうみ
がめ大会を完走し、今年運よく夢に見たこの宮古島大会に出場することが出来た。
思っていたよりも早く夢が現実のものとなり、大会当日までは、喜びと不安の入り混じ
る何とも言えない複雑な心境の中を過ごした。
スタート直前は、心臓がドキドキし『今すぐ帰りたい!』と思ったぐらい怖かった。スタ
ートの合図がなってからは、何も考えず無心に前だけを見て、ひたすら泳ぎ・こぎ・走っ
た。時々苦しく、つらい時もあったが、私をこれまで支え、導いてくれた多くの人達の顔
が浮かんだ。そして何より地元の人や宿泊先で知り合った人達が、自分の兄弟や子
供の様に名前で呼び励ましてくれた。みんなが暖かくてうれしかった。今ここにいる自分
がすごく幸せだと思った。
ゴールの瞬間『出来た!ありがとう!』素直に思えた。こんなふうにわき目もくれず、
我がものにがむしゃらに突っ走ってきた私だが、思えば1年前、初レースで転倒し、血だ
らけでゴールした。この時は家族の応援もあり、私自身頑張っている姿を子供に見せた
くて一生懸命だった。でも、この時の頑張りは、子供には押し付けだった様である。
というのは、この時息子は、私の痛々しい姿を見て『ママはバカだ!』と言い、陰で泣
いていたと後になって聞かされた。ショックだった。『私は何がしたかったのだろう?』よく
わからなくなった。子供のためと意地を張っていた思いは、単なる親としてのエゴでしか
なかったことに気付かされた。宮古島から戻り、『おかえりなさい』と抱きついた息子は、
レースの話でも、完走メダルでもなく、この元気な私の姿を見れたことが何よりうれしか
った様である。これまで、どれぐらいの心配をかけたのだろう?こんなママに言いたいこと
は何?
でもね、夢の様に駆け抜けた宮古島でのレース。今でも完走した実感のないままだ
が、これまで日々のトレーニングの中で常に自分と正面から向き合い、頑張っている自
分がいとおしく、大好きになった。だからこそ今は、『一生懸命になれることはす・て・
き!』だと子供に自信を持って伝えたい。わかってもらえるだろうか?いつか伝わる時
が来ると信じて、今は何より愛する家族や、この元気な身体をくれた両親、これまで
私を支え導いてくれたクラブの方々に日々感謝の気持ちで頑張りたい。
今大会で宮古島を訪れ、自然を全身で感じ、暖かい人達と触れ合うことで、忘れか
けていた思いを新たにすることが出来た。何よりも今はトライアスロンと出会い、以前と
は違う自分を見つけたことで、つらい事も前向きに頑張れる。そう胸を張って言える。
(大会開催日:2008年4月20日)

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