06アイアンマンアリゾナ大会完走記!

投稿第四十一号
06アイアンマンアリゾナ大会完走記!
2006年4月23日
静岡トライアスロン協会石井英機氏

砂漠やインデイアンのイメージが強いアリゾナ大会へ参加してきました。通算19回目になるアイアンマンレースをコンデイションにも恵まれ気持ちよくフイニッシュできました。結果12°40′36″年代別2位/23人総合671位/完走1724人/出場1943人でした。ハワイ大会へのスロットは計72、年代(60~64歳)別1のためゲットできませんでした。トップ選手とは19分の差でした。スイムやバイクで指導及び協力してくれた方や激励していただきました方々に深く感謝いたします。かみさんと海外二人旅でしたがなんとか無事に行ってくることができましてよかったと思います。4月6日(水)自宅10:20AM発~成田空港2:20PM着5:45PM発~ロスアンジェラス10:50AM着1:45PM発~フエニックス3:00PM着~テンピーホリデイインホテル4:00PM着(時差16時間所要時間22時間)早起きして霜に備えてジャガイモの畝等を白織布で覆った。周囲の桜は風で舞い始めていた。成田空港ではいつものようにT氏が見送りに来てくれた。彼は5月に一人でアイアンマンブラジル行きに備え頑張っている。ANAの重量制限は25Kgと聞いていた。バイクケースを22KgとしておいたのでOKだったがタイアの圧力をチェックするため一度開梱させられた。ロスまで横は大阪のお兄さん。カジュアルウエアーの買い付けに来たという。缶ビールとワインを飲みながら夕食。ロスの入国審査では両手の人差し指の指紋と眼鏡をはずして虹彩のチェックをされる。バイクは順調に出てきた。国内便に向けて託し我々はシャトルバスでゲートへ。乗り込むと皆がさっと席を譲ってくれてすばらしい。国内便は長蛇の列。靴を脱がせ厳重に荷物チェックをしていた。何とか間に合い機内へ。フエニックスまで眼下は薄茶色の砂漠だ。点々と見えるのはサボテンのようだ。やがて緑が見えてきてフエニックス着。バンのタクシーでホテルへ。4:00PM着、結局22時間かかったことになる。チェックインをして2Fの部屋にバイク共に入いれた。広々としており電子レンジ、冷蔵庫付き、電圧も100Vでありがたい。徒歩で10分位のスーパーで缶ビールと水を買う。夕食は事前に聞いていたホテルの前のソウルガーデンに行き石焼ビビンバ。うまかった。日本語が通じうれしい。4月7日(金)晴れテンピー5AM起床。よく眠れた。少々ストレッチ。6AMからホテルのレストランでバイキングの朝食をとる。ホテルのシャトル(予約要)で会場に向かう。アリゾナ州立大学(ASU)の広大なキャンパスを通りぬけてテンピービーチパークに着く。大勢のトライアスリートや関係者でにぎわっている。スイム会場は川をせき止めた湖、流れはない、水温を計ってみると17℃でやばいと思った。幸い今回10年ぶりにSショップで作ってもらった2ピースのウエットスーツは身体にピッタリフイットしてさほど冷たさを感じなかった。水は濁っており手の先もよく見えない。15分位で引き上げた。気温は28℃さんさんと太陽がふりそそぎからっとしており気持ちよい。10AMから選手登録。まず自分のレースNO.をチェックしておく。パスポートを示し宣誓書への署名や滞在先のホテル名など記入しなんとか終える。エキスポでバイクヘルメットなど買った。帰りにASUのキャンパスでかみさんと案内板を見ているとかわいいお嬢さんが話しかけてきた。お母さんが日本人で鎌倉を訪れたことがあるという。舞台芸術を勉強中。結局ホテルまで彼女のホンダオデッセイで送ってもらい助かった。お礼に10ドル受け取ってもらった。昼食は持参したラーメンとスパゲッテイとビール。バイクで会場まで行ってみた。3.5Kmだった。道の右側に自転車のマークが書いてある専用レーンがあり安心して走れる。夕刻カーボパーテーにかみさんとアパッチ通り沿いに歩いて行ったが45分かかった。パーテイーは野外で行われた。チキンやスパゲッテイなどの食事は今一。最高齢男子77歳、女子66歳の選手やポーラニュービーフレイザーなどのスピーチなどがあった。4月8日(土)晴れテンピー5AM起床。よく眠れた。昨日と同じくストレッチ後レストランで朝食をとる。今日はバイクとギアー(小物類)のチェックインだ。ルアラルロードを北進、ユニバーシテイドライブを西進、ミルアベニューを北進して会場着。アパッチ大通り沿いよりやや短いか?まず試泳する。今日は18℃だった。次はバイクを芝生の上のラックに、ギアーも自分で持ち込む。車検もなくさばさばしたものだ。ホテルまでかみさんと歩く。スーパーで寿司、パンや果物など買い昼食と夕食とした。なんとかアルコールなしですんだ。8PMには床につく。4月9日(日)レースデイ晴れテンピー3AM起床。よく眠れた。朝食は赤飯、味噌汁やゆで卵などかみさんがつくってくれありがたい。バイクで食べる赤飯のおにぎりも用意してもらった。4:30AMタクシーで会場へ。まずナンバーリングしてもらいバイクのエアー入れとギアーの最終パッキングをする。選手と付き添いの人々でおお賑わいだ。それほど寒くなくよかった。6:30AMから入水OK。少々ウォーミングアップする。6:45AM号砲一発プロが水しぶきを上げてスタート。我々エイジグルーパーは7:00AMスタートとなる。最短コースのブイに近くで立ち泳ぎしている選手も多いが自分はぎりぎりまで岸でぐずぐずしてスタートを迎えた。さて2度目の号砲で長い一日が始まった。バトルはジャパンやチェジュと大違いで極めて少ない。遅かったためでもあろう。コースは反時計回りの折り返し、左手はブイ右手は道路そこに大勢の観客が見える。新ウエットスーツのおかげで冷たさOK,脚もよく浮き前半は快適に泳げた。しかしまだ右へ右へいってしまう癖は治らず。後半はやや浮いてしまった。岸に上がり寝転ぶとボランテイアが待ってましたとばかりにウエットスーツをはぎとってくれる。トランジション:気温は28℃位でジャパンの時と異なり震えることなくスムースに着替えることができた。強い日光に備え長袖にして結果的によかった。ボランテイアに顔面にサンスクリーンを塗ってもらった。バイク:スタートは8:37AMの表示が出ていた。予想より10分位遅い。3周回のコース。標高差150フイート(45M)が3回あったがだらだら坂のためきつい感じはしなかった。郊外に出るとサボテンが群生している荒地。それでも黄色の花が咲いていた。遠くにはきりたつ岩山(昔漫画や映画で見た西部劇のシーンにそっくり)。路面は整備されていたがパンクしている選手をかなり見た。事前にサボテンの棘に注意と聞いていたが。バイクに乗ったマーシャルは頻繁に往復していた。ドラフテイングテントがあり4分のぺナルテイを課せられている選手もいた。チェジュのように一団となってドラフテイングしているケースは全くなかった。用意した梅干入りの赤飯のおにぎり、羊羹やゆべしをしっかり食べた。10マイル毎に設けられているエイドステーションではゲータレード、水、バナナなどを供給してくれた。風は微風、からっとしており過ごしやすかった。3:40PM頃フイニッシュ。まずまずだ。トランジション:ランでも日没後の寒さに備えて長袖したが結果的によかった。ラン:公園、川岸沿いの道路、橋などに沿う殆んどフラットなコースを3周回する。盛んな応援があり1マイル毎のエイドステーションで子供や若者がサービスをしてくれた。暗くなるとチキンスープが旨い。選手のランのレベルは低く最初から歩いている人も多くずいぶんパスした。GOODJOBやLOOKINGGOODなどの声がかかる。7:40PMそれほどのダメージを感じず無事にフイニッシュできた。両側からお姉さんがしっかり支えてくれ完走メダルをかけてくれる。かみさんにもすぐ会えた。マッサージを待っていると隣は53歳のケミカルエンジニアで初アイアンマンだという。トヨタのカローラに乗っており燃費よく故障もなくていいと言っていた。速報を見ると23名中で2位と出ていた。昨年は13人中2人までにハワイに行けたようだったのでこれで何とかなるなと思ったが。かみさんとホテルまで歩いて帰りシャワーを浴びさっぱりした。内臓が疲れておりこんな時にはラーメンがいい。ビールはなんとか飲めた。長い一日が無事に終えた。4月10日(月)晴れテンピー昨夜は疲れすぎかよく眠れなかった。2枠を期待してハワイ登録にホテルのシャトルで出かけたが計72枠自分のエイジでは1枠とわかりほぼあきらめた。同乗したルビイさんは40歳代ゆうゆうゲットした。アワードパーテイ後のロールダウンでは15枠あったが自分のエイジではなかった。9:30AMからパーテイー。こんなに早くやるのは初めて。写真やリザルトも手に入った。徹夜だったのだろう。アルコールなし。ビデオに続きエイジは5位までの表彰。わがエイジトップは60歳のK選手ハワイへは12回行っている強豪。佐世保に来たことがあるという。3位のH選手も60歳ハワイへは未。Ilovetogo.と面白い表現をしていた。楯とタイメックスの時計を贈られた。最高齢は75歳のH選手15時間49分でヒーローだった。女子プロトップは豪のミケリージョンズ選手男子は米のミシェルロバート選手でユーモアたっぷり(内容不明)にスピーチしていた。帰途は寿司バーで昼食。日本人のスタッフが働いていて日本語が使えてうれしい。マグロの刺身、にぎり寿司でビールを楽しむ。かみさんはざるそばを頼んだが乾麺のようで今一だった。ホテルに帰って最終パッキング。空気が乾燥しているので洗濯物は室内に干しておいてもすぐ乾いてしまいありがたい。最後の夕食はソウルガーデンで冷麺とコリアスタイルの焼肉とビール。旨かった。4月11日(火)晴れテンピーホリデイインホテル5:00AM発~フエニックス7:20AM発~サンフランシスコ9:15AM着0:45PM発~成田4月12日(火)3:20PM着~自宅8:00PM着(所要時間23時間)4:00AM起床。サンドイッチの朝食を済ませチェックアウト。空港までバンのタクシー。国内線でバイクケースが55ポンド(25Kg)で50ポンドをオーバーしているのでオーバーチャージ80ドルだと言われた。来る時にはOKだったとかわけも解らないことを言っているうちに諦めてくれた。サンフランシスコ空港も大きい。バイクのピックアップは不要だった。かなり歩きANAのカウンターにたどり着きやれやれ。日本語が通じてうれしい。最後のみやげを買う。店員は夫君を亡くした日本人女性で暮らしぶりを熱心に話してくれた。機内はかなり空いていた。ワインとビールで夕食。朝食も出たがまずまずだった。3:20PM成田へ無事着。バイクもスムースに出てきた。JRの車窓からはまだ桜の花が見えた。自宅8:00PM着。19回目のアイアンマン大会をまずまずの成績で完走できたこと、かみさんと二人で無事に1週間の海外旅行をできたことなど大変有意義だったと思います。お世話になった皆さんに深く感謝致します。今後8月27日のチェジュ来年4月はピカピカの65歳、4度目のオーストラリアに行きたいと思っています。以上(大会開催日:2006年4月9日)

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