
投稿第30号
新鮮な一日に感じた大阪実業団駅伝競走!
2006年1月24日
芦屋浜アスリートクラブ会員:本地敏行氏
大阪実業団駅伝への参加は今回が初めてでどのような大会なのか興味があった。朝は、7時に起床し、いつものように食事を済ませ、走るために簡単な用意をする。この大会に参加するに至って、今回ほとんど練習をしていないため、アップシューズで走ろうと考えた。アップシューズは靴自身の重さも十分あり、また、汗をかいたり、雨天時は相当な水分を吸い込みとても重くなる。しかし、重いということは靴自身の安定性やクッション性があるとも言える。今回は体重がオーバー及び走っていないことを考慮し、一番いい靴だろうと考えた。電車は、長居公園までJR電鉄を利用するか、JR大阪駅で降りて地下鉄御堂筋線を利用すべきなのかを考えた結果、JRのみで走った場合と地下鉄を利用した場合とではJR電鉄のほうが60円くらい安い。所用時間は地下鉄を利用したほうが、15分くらい短縮できる。私は、考えに考えた結果、地下鉄を利用することに決めた。久しぶりの長居公園にはこれからマラソン大会が開かれるという雰囲気はなく、散歩をしている人、のんびりとベンチに座っている人、実業団駅伝に参加しなさそうなランナーがジョギングを楽しんでいる。私自身も本当に駅伝が開催されるのだろうかと少しの不安を抱きつつ、長居第二陸上競技場へ向かった。陸上競技場の正面スタンドには多くの断幕、上りがあり、それぞれのグループが自分達の場所(陣)を示すかのようにスタンド席にガムテープやビニルロープ等で場所を取っている。普通の駅伝では団欒とした雰囲気があるのだが、今日はそうでもなく、少しピリピリもしている。集っている人も多くは若めの細め男性で、若い女性も幾らかはいるものの、マネージャーチックに見える。年配の人も幾らか見たが、どう見ても走らないだろうという普段着の格好の人だ。私はこの雰囲気を感じ、結構速い人が集った大会なのでは?そう感じた。私は、自分の参加するグループの場所が分からず、北へ南へと歩き、15分くらいかけてようやく陣を見つけることができ、その場に落ち着くことができた。場所にはすでに多くのメンバーが集っており、私が最後のようだった。私が9時過ぎに到着し、少しゆっくりとしていたが、私が2部の1区間が持ち場と知り、結果的にスタートが10時ということを知り、少しあせった。スタートまでは残り40分程度しか残っていない。あわててアップに向かった。長居公園の外周を1周(約3km弱)し、競技場へと戻る。競技場へ戻ると「第一走者はコールを受けてください。」という放送が入り、私はまた無駄にあせることになった。陣に戻り、プログラムを見ると「スタート30分前にコールを行います。」と書かれていた。現在の時刻は、スタート15分前。ゼッケンもまだ服に縫い付けていない状況であわててコールの場所(正面スタンド内1階室内練習場)へゼッケンと安全ピンを持ってアップだけで少し疲れた体を起こし、小走りでコール会場へ向かった。コールの場所では代理コールは認めていないため、ゼッケンをキチンとウエアに縫い付けていないと受け付けてくれない。私は、迫る時間にあせりながら、ウエアにゼッケンを取り付け受付を済ませた。ホッとひと安心し、その場に座ってのんびりとした。アップのしすぎのためあまりに体がだるくなっていたため近くの水道にて、水を飲んで元の場所に戻った。1走者は走る距離が一番長いため、どのチームもエースを出してくる。周りからは、ぴりぴりとした雰囲気が伝わるのが分かる。この駅伝で優勝すると、来年始(えらい長いな~)の全国実業団駅伝の参加資格でも取ることができるのだろうかな?などなど暇つぶしにいろいろと思案する。強そうなところは、若い女性マネージャーがついている。すごいなーと感心しながら、自分は寂しくウエアを部屋の片隅にキレイにたたんで置く。時間はスタート前数分となり、選手はトラック内へと誘導される。私はゼッケン番号から読むと最終列のさらに最後の方となる。前の方に並んでいる人達は所狭しと陣を取り、身動きが取れないようだが、私には場所が多く、後ろには広大な空間がある。列の後ろという雰囲気に落ち着き、ウロウロとしながら体を温める。前の人よりも幾分緊張感がないと自分自身が感じる。適度に体を動かし、練習不足のため、無用なアップもせず、スタート位置に着いた。ほどなく、ホイッスルがなり響き、選手は一斉にスタートを切った。私は、いつものように腕時計をせずに走る。調子が避ければ(体重が増えていなければ)、キロ3分25秒から30秒、それよりも状態が悪いと3分30秒くらい。レース展開を間違えれば、3分35秒くらいはかかるだろう。そう予想し、とりあえず、1kmあたり3分30秒のペースで入る事にした。陸上競技場内のトラックには運良く時計がスタート地点に1つあった。1周を82秒(だったかな?)で通過。1km換算で3分25秒。まずまずの入りだ。しかし、私の後ろには選手が1人しかいない。私の前には多くの選手が走っている。この大会は初めて参加のため、こんなにレベルの高い大会ということを知らない私は内心結構あせった。しかし、どんなに焦っても現状以上のペースに上げることは、結果(ゴール時点)で考えるともっと悪いタイムとなるため、これ以上は絶対に上げることができない。とりあえず、1区は2周しなければいけないため、勝負は2周目で考えよう。私の中で計画が急速に煮詰まった。普通の大会等では、初めにペースを上げすぎて結果終わりはゴリ押しペース(頑張ってもペースは上がらないがとりあえず気持ちだけでもペースを落とさないように心がける走り)となってしまうが、今回は結果から見るとこの考えがいい方向へとなった。陸上競技場トラックから長居公園内遊歩道へ出ると、周りの選手がぐんぐんとペースダウンし始めた。これには走っている私自身がとても驚き、まるで自分自身がペースアップをしているかのような錯覚に陥る。心の中では落ち着け、落ち着け、絶対にペースを上げてはいけない。そう念じるように自分に言い聞かせる。どうにか1周目を走り終え、陸上競技場内のトラックへ入る。恐らく同じメンバーの人は私の順位を見ているととても驚いたと思う。スタートから換算して、約30位くらいは順位を上げることができていたと思う。その後、2周目へと入る。2周目へ入り、1km付近にある小高い部分を過ぎるころから足の動きが鈍くなってくることが分かった。このまま走ると一定ペースを保つことができない。そう考え、残り約2kmあるところだが、2段階のラストスパートをすることにした。ラストスパートといっても、決してペースを上げるラストスパートではなく、ペースを落とさないために自分自身に鞭を打つために考えたスパートだ。現実のラストスパートといってもすぐに事切れてしまう。よって、事切れる手前で最後のラストスパートという形でつかれきった自分に対し、もう一度むちを入れるということだ。とりあえず、景色の変らない林道のような部分を第一部ラストスパート。陸上競技場が見えてからもう一度ペースアップすることを考えた。小高い坂を超えてから、動きの鈍くなった足にむちを入れる。足の回転を落とさないように自分自身に頑張れという形で足を運んだ。陸上競技場が見えてくるまで私にとって同じ景色が続くような錯覚がある。とても長く、何時になったら見えるのだろうかとそう考えたころにようやく第一陸上競技場の屋根が見えた。1周目では応援してくれていたメンバーの人を確認できたが、2周目では視野が狭くなっているためか、周りを見る余裕がない。陸上競技場が見えたことで動かなくなった足と腕にもう一度むちを入れるべく、最後のラストスパートをすることにした。ゴールまで恐らく1kmくらいだ。1kmペース走と考えれば気持ち的に楽になる。3分半程度我慢すれば終わる。ということだけを考えて走る。太っている自分が憎くなる。動かない体に嫌悪感もある。しかし練習していない自分に対し記録(体)は正直に答えることが悔しい。どうにかゴールをし、次にタスキを繋ぐことができた。数日後に結果を聞くと7.1kmを24分40秒(2部内区間順位10位)。1km当り3分28秒という現状の自分にとってはとてもすごい記録で走りきることができた。周りの人の応援や次に待っている人がいるという駅伝特有の雰囲気がこんな高記録を出だす要因と考えられる。走り終えた後は、スタンド席の陣に戻り、一呼吸を整えた後に、長居公園内遊歩道(コース上)を逆走しながら、確認できるチームメンバーを応援しながらジョグを行った。(確認できなかった方すみません。)結果的に外周を5周もしていました。メンバー全員がゴールを終え、長居公園第二陸上競技場正面にて記念撮影を行ったのち、大阪駅でお好み焼き宴会となった。私にとって3ヶ月ぶりの大会だったため、とても新鮮な一日に感じました。(大会開催日:2006年1月15日)