
特集第8号(連載その4)
2007トランスエゾ!
(参考)トランスエゾとは北海道の宗谷岬~襟裳岬片道約550kmを14日間走り続け往復する超ウルトラマラソン大会のことです。
2007年11月30日
芦屋浜アスリートクラブ会員:奥幸二氏
その3で勇樹の転倒の話書いたけど、実は母親もTO襟裳初日に転倒しているがかすり傷。ただし国道側に倒れたらしいので大事にいたらずよかった。CWXは破けた。私もTO襟裳で1回大きな転倒。この時は頭と肩から突っ込むようにこけたのでヘルメットは何とか使える程度まで割れた。この時は脳震盪なのか、ずっとその後もまる1日頭の違和感に悩まされた。その3で書いた勇樹の転倒でもヘルメットはなんとか使えるレベルまでの割れ方。どちらのケースもヘルメットなしならもっとシリアスなダメージだったろう。勇樹はTO宗谷でもう1回ドカーンと放り出される転倒をしたがすり傷ですんでいる。トンネル内が濡れていたのだ。かように自転車には意外なリスクがあり油断禁物だ。ノーヘルメットでサイクリングしてる人たくさん見たが、避けるべきだろう。(無理してこけたのは勇樹の大転倒だけであるのだから。)地元の自動車はよく心得たもので反対車線に大きく迂回してまでリスクをかわしている。(こけてる時でなく真直ぐ走行できてる時でもそうしてくれる。)東京あたりから来てる車はこちらにとっては不親切そのもの。自分が北海道ドライブする時はそういう嫌な人にならないよう気をつけよう。富良野のステージでは私が途中で地図を落とす大失態。すぐに気づき道を戻ったが、これはもうダメかもと思われるシーンだった。前回地図チェックポイントまでの距離約1.5キロぐらい。勇樹が道路わきの草むらから発見してくれた。地図なしでは絶対にたどれないコース設定になっているのだ。ありがとう。この日アルティ仲間の若くて元気なN君が肩落とし恐らく心の中で泣いてるシーンを見る。間に合いそうもない時間と距離の中、富良野のきれいなお花畑に腰掛け遠くをうつろに見つめてました。彼もTO襟裳の元気な内は勇樹が母親を振り切る暴走をハードランニングで止めてくれた。(道が間違っても行ってしまうのです。)気の毒でかける言葉もない。つぎつぎと仲間がリタイアしてゆくのを見るのはとてもつらい。旭川大学ゴールの夜、(この日の昼の熱波も強烈であった。)雑魚寝の大学体育館で勇樹を寝かしたが暑いヨーとうわごと言って苦しがる。蚊も来るし当然扇風機もない。この時仲間のSさんが自分のアイシングの氷をくれ、いろいろ手当てもしてくれた。これで体を冷やしたり、タオルに水を含ませ体にはりつけたり、即席ウチワを作って夜中まであおいでやりかわす。この時はもうダメかと思った。翌日は3時スタートのため2時には起きるのだ。4時間も寝れたら上出来の日にみんなも寝なきゃー体がもつ訳がない。うわごといわれるとみんなも寝れない。確かに足だけでなく体じゅう熱を帯びてた。熱中症だったのだと思う。昼は子供は水分失い易いのでかなり私が気をつけてたのに。想定外の熱波としかいいようがない。手当ての為、自分もほとんど寝ることはできなかった。Sさんについてはどうでなくても睡眠不足の連続と象足現象発生の中あんな事普通はできない。そのハートに感心しました。立場が逆なら出来たかなと今も思う。100キロステージの日も勇樹の傷は癒えず心配。腹の部分の化膿もある。塗り薬の抗生物質のおかげで悪化してないだけ。よく我慢している。おまけに前日の熱中症のダメージも心配である。100キロについてはTO襟裳で私のコースミス誘導で95キロ以上走行した日もあり100キロという距離への不安は減っていた。この日昨夜氷をくれ深夜に手当てまでしてくれたSさんがモーレツな暑さのせいもあり悪戦苦闘されるのを何度も見る。完走を祈らずにはおれない。リタイアなら勇樹のせいもあると思わずにはおれない。Sさんは最終日まで耐え抜かれその根性に感服しました。この日ぐらいになるとみんなのゴールを最後まで見届けるとそれだけでジーンとくるようになる。拍手でお迎えする。最終ランナーは2分ぐらい前に朝飯や氷をぶら下げてよれよれでやってくる。勇樹もこの日の完走で治しながら前進する自信を深めたようだ。TO宗谷では妻はわずかではあるが1日に25~35キロを歩き走りし、残りは自力で交通機関探してゴールするという本来の姿を見せてくれた。走りなんてあまり経験ないだけにたったそれだけでも体力的には相当大変だったようだ。ところでTO宗谷では2つのステージで牧場主と農園主が忙しい中、1家総出でほんとに心のこもった私設エイドを(TO襟裳でも1つある)してくれる。冷えたスイカ食べ放題とか手作りチーズとか冷えたトマト食べ放題である。アイスクリームもくれる。特設郵便局まで持ってきて無料で絵葉書を出してくれる。どんなに心がこもってるかは参加しなければ分からないと思う。リタイアした人をチーズ工場に案内し秘湯の温泉に連れてったぐらいだ。もちろんゴールまで送り届けて!疲れ果てた頃この親切はハートにズシンとくる。宮本さんはエイドで号泣されたと聞く。地獄で仏の心境だったのだろう。なんでこんなに親切なのか普通の頭では理解できない。そういえばTO襟裳の私設エイド、ラム苑では7年前の私の悪戦苦闘を記憶されていて、お帰りなさいお久し振り奥幸2さんと1番大きく書いてくれていた。身障者みたいにヨレヨレの姿が目に焼きついてるという。事実この時は交通事故の身障者でした。息をするのも折れた肩の痛みで苦痛でした。手をテープで体に巻きつけミシュランのマークみたいでした。嬉しい限りでこれで奮い立たない訳はない。このゴールの時は制限時間ギリギリでクルーもついに力尽きたかと心配し何度も様子を見にきてゴールの際は抱き合って泣いた。最後の数100メートルをガンバレとゴール後の皆が伴走までする。クルーが抱きついてくるのです。この時自分の走りでも人に感動を与えるのだという事を知りました。死力をつくすとはこういう事なんかとも思いました。世間1般の皆さん命懸けでとか簡単に言い過ぎと思う。死力を尽くすというのを体験せんから簡単に言うんだろうなー。農園の無人エイドも数回あったが有り難い。頭からかぶるだけで楽になる。北海道の野原の綺麗そうな水は北キツネの病原虫に汚染されているリスクが高く、飲めないのだ。これ飲んだら内臓喰い破られ大変な事になる。地下水でとして出てくるものはOKらしい。最終日だけは私がランナーとなり妻に再度自転車で勇樹を伴走という本来の姿に12日ぶりに復帰。これは仲間の全員が気をきかし是非最終日のランを私とやりたいと言ってくれたからである。勇樹にすべてを賭けてきたのをよく知ってるからだ。ところが慣れない妻は前日の最終ページの地図を持参忘れ!本日のだけでは行けない仕組みなのだ。緊急事態の電話があったがそれっきり妻の某S社の携帯はつながらない。しかもうろ覚えの道をたどってるのでどこにおるのか自分でもわからんという。コースどりは景色を楽しむのを配慮してマニアックなほとんど人、車も通らない道となっており、トレイルランの林道みたいなところも通るのだ。おまけに勇樹が鼻血と下痢であるという。(後日知ったのだが鼻血は熱中症の症状の1つらしい。)相当逆走するが見つからない。そうこうするうちに自分の走力では完走できないかもと思える時間になり自分はゴール方向に向かう。今度こそここまできて最終日にリタイアかと天をあおいだがなんとかかんとか、クルーの捜索努力もあり58キロポイントで追いついてきた。必死にペダルこいだようでかなりの登りを押さずにペダルこいで登ってきた。本当にヤキモキさせてくれるが、この時初めて勇樹の完走を確信したのだ。最終日のコースはエゾの集大成のように美しい景色が玉手箱のように次々と現れてくる。浜辺の砂浜や林間、原生花園、海岸沿いの高台を走ったり素晴らしいコース設定になっている。(砂浜の中を走るのです。)丘の上に出ると残り500メートル。サハリン、利尻富士がかってないほどくっきりと見えた。ついに勇樹と共にゴールを果たした。次々とランナーはゴール。みんな感動の渦で自分のゴールより嬉しい。みんな涙でくしゃくしゃの顔している。どこにこんなに感動するレースがあるだろうか。どこに人のゴールでも泣けるレースがあるだろうか。それはみんな強烈な闘いをいっしょになって越えてきたからだ。その闘いをずっと見てきたからだ。若いW君は顔まで腫れて凄い顔になっている。足を引きずり限界を超えてきただろうその彼は人生最大の感動だといってまわりをはばからずに大泣きする。頼さんも私にとりすがって、あなたと息子さんと共に走れて最高でしたと涙をボロボロ流す。最終2日間は苦しまれた青木さんも昨年急死された走友への追悼ランだったといって泣かれた。(急死の彼も昨年はエゾのアルティを完走されている。過労死だったらしい。)66歳であろうが70歳であろうが24歳であろうがみんな泣いている。人のゴールが嬉しくもらい泣きしてしまう。北海道史上最高の37℃の熱波の中皆さん立派の1語。リタイアの人も死力をつくされたのを見届けました。勇樹のゴールはクルーの皆さん、私設エイドの皆さん、ランを共にした仲間のおかげと心より感謝している。宮本さんの伴走を1本のロープで15人がしたという。この時自分は勇樹達を捜しまわっていたが砂浜ではほんの20メートルほどロープを持たせていただいた。今回のエゾのネーミングを御園生さんはこのことから<絆>とされた。今回も多彩な人々が集った。素晴らしい機会を有り難うと御園生さんにもクルーにも参加者にもお伝えしたい。帰りに3日間の寄り道した礼文島は想像をはるかに超える素晴らしいところだったと記しておきます。利尻より礼文がいいよとアドバイスしてくれたのは世界的ランナーの貝畑さんでした。(ランアクロスアメリカ、71日5000キロとユーラシア大陸ジャーニーランの完走者です。しかも女性。)ありがとう。勇樹とは彼が20歳になったら69歳の私と旅費を賭けてエゾの勝負をランでしようといってます。のうみそさん大変だろうけど継続して下さいね。