
投稿第70号
大きく変化した2006年のランニング宝塚シティーマラソンで締めくくる!
2007年1月1日
芦屋浜アスリートクラブ会員:正圓光男氏
2000年から本格的にいろいろな大会に参加し、それなりの結果を出して来た小生にとって、(自慢は初参加から全て大会で完走の実績を残す)6月よりAACにメンバーの西川氏のご紹介で入会させて頂き、強烈な刺激を受ける事になりました。宗政会長を始め、芦屋浜で普段練習し、走る事が大好きな方々が週1回の練習会に集い、それぞれのジャンル(トライアスロン・ウルトラマラソン・フルマラソン)に目標を置かれ共に大会に参加され絆を強めて行く、素晴しいクラブでありました。当然クラブの方達のモチベーションは高く、小生にとって全てが”目から鱗”でした。強制的な指導・制約は1切無く、仲間と集う練習会は楽しくもあり、スキルアップの為に週末の練習会に豊中から進んで参加する様になりました。刺激を受けた小生は会社から帰宅後の練習量も増やして行き、11月5日の”丹波・もみじの里”ハーフでは1時間40分40秒、11月19日の”びわ湖男女駅伝”では8.7kmを38分27秒、11月23日の”福知山マラソン”では3時間43分28秒で完走しこの時期、練習の成果として加齢にも拘らずタイムがどんどん伸びて行く事に驚きを覚えながらも、今までの記録(*ハーフ・1時間45分11秒,*フル・3時間55分16秒)を大幅にクリアー出来る迄に成っていました。2006年を締めくくる”第2回宝塚ハーフマラソン”はこの時期には珍しく温和な気候に恵まれた。昨年の第1回大会は前日の大雪とコースに残った残雪の中を走ったとの思い出が交錯する中、中川副会長、山崎氏の2人と宝塚歌劇場の前のスタートラインに着く。***本年最後を締めくくる本大会の目標(1時間40分を切る)を心に***午前10時15分気持ちの高ぶりと思いを秘めてスタート。足も順調に動き身体も思いのほか軽くスタートから飛ばす。1km過ぎで中川副会長は軽やかな足取りで、”お先に”の声を残して追い抜かれ、付いて行きたい気力はあるが実力の差は歴然。---身の程知らずを痛感---気持ちを切り替え手袋に記した1時間40分切りのラップタイム(5kmごと)を考えながら走る。2km過ぎで後を走っていると思っていた、山崎氏の後姿を前に見る。(km)毎のラップタイムも目標をクリアーしていたが、出来るだけ前半でタイムを稼ごうと追いかける気持ちとは裏腹に追いかけても追いかけても差は広がるばかり。4kmを過ぎた所で”正圓さーん”と、なんと思いもがけないAACメンバーの”丸岡さんの奥様”に応援して頂く。声援に送られその後5kmを22分46秒で通過し、何時も河川敷コースで悩まされる”風”を友達にしながら、10kmも46分16秒と47分の目標タイムをクリアー。11km過ぎと思うが、折り返されて来た怪物宗政会長の力強い走りを右に見て”頑張らねば”と。またもや14kmあたりで”正圓さーん”丸岡さんとハイタッチ。13km過ぎから若干足が重くなり始め、厳しい状況の中で勇気付けられる。15kmラップタイムも30秒程クリアー(行ける)、今までの走りを無駄にしないようスキルアップを図る。”キロ表示”もゴールまでの表示に切り替わり気持ちも時間との戦い。ラスト2km---タイムを見れば39分を切れるペース。しかし直線コースは思いのほかきつくペースが伸びない。ここで無理をして痙攣でも起こせば今迄が全て無になると心の中で葛藤。ラスト1km---目標通りに”40分切り”に気持ちを切り換えラストラン。ゴールが見えて目標達成の喜びがこみ上げてくる。”ゴール”1時間39分32秒今大会はいろいろな面で小生の数ある参戦した大会の中でも思い出に残る深い大会になり2006年のランニングを締めくくる事が出来た。《AACの皆さん本当に有難うございました》2007年に向かって『走ることを楽しむ人生が待っている”58歳”、加齢ともに記録は大きく伸びないだろうが足元をしっかり見つめながら、”早く走る”ことよりも”強く走る”ことを目指して』(大会開催日:2006年12月23日)