丹後ウルトラ100kmマラソンを走り終えて!

投稿第101号
丹後ウルトラ100kmマラソンを走り終えて!
2007年10月1日
芦屋浜アスリートクラブ会員:上田敦之氏

最後にゴールが見えた時、無意識うちに走っていました。雨に濡れながらゴールした時、感動よりも案外冷静な気持ちでした。しかし、あとから達成感と感動、そして帰りのバスでは、もう少し頑張っていればという反省感も滲み出てきました。実を言うと、私は残りの40kmはすべて歩いてしまったのです。足の爪の痛みに耐えられなかったのです。しかし、1日もたたないうちに悔しくなってくる。人間は欲張りな動物だなと思いました。スタート地点でニューバランスのシューズ店のスタッフの人に、今使っているランニングシューズを見せたところ、靴底がだいぶ磨り減っていてソールも薄かったことから足への反発が大きいと100km用のシューズを勧められました。不安になりましたが、現金も持ち合わせていなかったため、自分のシューズを信じ、断念しました。ツアーで申し込み、民宿で3人相部屋の6畳ほどの部屋に宿泊しました。夕食の席につくと1緒に食事をした人はビールジョッキを2本も飲んでいて驚きました。しかし、知らない人と話すことは楽しかったですし、1人部屋にしなくて良かったなと思いました。でも夜は、興奮もあってか、隣の部屋の人の声が筒抜けで耳について、なかなか寝付けませんでした。朝食は2時ごろから用意されていました。私は細い体だから、耐えられるように、とにかく食べておこうとお茶碗3倍食べました。民宿を出てスタート地点に着いた時、今からつらいであろう未知のレースが始まるんだなあと非常に緊張してました。そしてスタート地点でスタートの合図を待っている時はその緊張はさらに強くなっていました。今までのハーフマラソンやフルマラソンとは全く異なるものだったことを覚えています。レースが始まると大体5km毎にあるバナナやあんぱん、黒糖、スポーツドリンクをたくさん食べました。とにかく最初から完走することだけを考えて何としてもメダルを持って帰ろうと決心して望んでいたので、歩きながら水分補給し距離を稼ぎました。私は多分月間走行距離は150kmに満たなかったでしょう。宗政さんや中川さんに丹後に出場することを伝えたとき、多分完走は出来ないだろうと感じたと思います。実際、最初はRUNNETで60kmの部にエントリーしていました。しかし、大会名は丹後『100km』だったので、これでは丹後を走って来たとは言えないと思い、100kmの部にエントリーしました。私の大会までの練習内容はまずウルトラは朝が早いので朝は毎日5時に起床するようにして、それから約1時間半の筋トレ、30分の坂道のジョギングを続けました。大会までは、エレベーターやエスカレーターなどは利用せず、どこに出向くにしても階段を利用するようにしました。理由は、アキレス腱を痛めていた為、なるべく足に負担を掛けずに回復させながら体力を維持させようと思ったのと、去年完走した大学の先輩から丹後の坂道の厳しさを聞いていたからです。私が芦屋浜アスリートクラブの練習に初めて参加したのは今年の5月頃でした。大学のサークルでは少し物足りなさを感じていて、AACのホームページから直接宗政さんに入会したい意向をメールで送らせて頂きました。初めて練習に参加した感想は私よりも数倍、走るのが速いな、という印象でした。皆さんはこんな細い私が100kmなんて走れるわけがないと思ったと思いますが、私が今感じることはこの夏に、大学生活の最後の年にウルトラマラソンを完走できたことは自信になりました。来年4月から社会人になり、今よりも身体を鍛える時間が少なくなってくると思いますが、これからもマラソン、そしてロードバイクにも挑戦したいので、日々精進していくつもりです。宗政さん、そしてAACのみなさん、こんな細い私ですがこれからも宜しくおねがいします!!(大会開催日:平成19年9月16日)

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