
投稿第179号
○IRONMAN JAPAN参加選手へ5つの提言○
〜真のIRONMANになるために〜
2009年7月14日
愛媛県在住
内藤 聡之助氏
IRONMAN JAPANでは、今年もまた関係者の皆さまに色々とお世話になりました。
どうもありがとうございました。
昨年同様、自分の成績はイマイチでありましたが、この場所にまた戻ってこれた事、
やればできるというお手本、沿道の方々の今回の大会開催に向けた苦悩と期待な
どを色々と感じ、考えさせらる5日間でした。
全部書きだして記録しておきたいところですが、書いているうちに忘れそうですし、
とても大変な作業になりそうです。ただいま、松山市から高松市に移動する高速バ
スのなかですが、色々と思ったこと、考えたことの中から、レースに関係したことを5
つに綴って記してみました。
今回は、「どす鯉節」(ん、生臭そう!)からちょっと趣向を変え、Scot
Tinleyを真似
てTinley
Talk調に語ってみたいと思います。(いつもティンリー・トークの和訳をご
投稿してくださる大谷様へ、次回のT.T.和訳を楽しみにまっております!)
1.コース上の応援者、ボランティア、スタッフに「ありがとう!」と声をかけてみよう。
レース会場の町に入ったら、道ですれ違う住民や子供たち、大会関係者、初めて会
う選手、海外からの選手・同伴者、悪天候にもかかわらず沿道で選手を見守ってく
れる応援者たち、ボランティア、中高生達、同じ道を走る選手同士・・・に、恥ずかし
がらずに自分から「こんにちは!」、「ありがとう」と声かけてみよう。
今日、この日、この場所でレースに参加させてもらっていることの有難み・悦びが、
今まで思っていた以上に大きなものになるだろう。
IRONMANは、それに関係する者みながファミリーなのだ。
2.ドラフティング場面をみたら(パックに入ってしまったら)、声を出して注意しよう。
どんなに早くゴールしも、どんなに誇らしげに表彰台に立っても、ドラフティングをした
結果で手に入れたものなら、それは間違いなく「ニセ物」だ。IRONMANの風上にも
置けない。そして、それはいつまでも消えることのない心の傷となって彼らに残るの
だ。誰も知らないだろうと思っていても、自分の心は必ず見ているものだ。
ドラフティングは、自分が当事者になる・ならないに関わらずよく遭遇する場面であ
る。そんな場面に遭遇した時、「他人は他人。自分はフェアに戦っているからそれで
いいのだ」と、アンフェアと解っているのに黙って知らぬ振りをするのはN.G.。結果と
して、ドラフティングに協力しているのと同意なのだ。捕まらない窃盗の見張り番をし
ているのと同じことだ。そんなパックを見かけたら、ぜひ勇気を持って声を出してみよ
う。IRONMANにチャレンジするよりずっと簡単なことだ。「みんな、IRONMANのルール
は知っているかい?」と。
しかし、ツラの皮が厚いドラフターたちは、そんな君の勇気ある言葉を無視するかも
しれない。そういうときは、こうだ。ドラフターのレースナンバーを呼んでから『後方か
らマーシャルが来ました!ドラフティングを申告します!』。おそらく、効果てき面だ。
他にもっと効果的でオモローな方法があったら、ぜひボクにも教えてほしい。みんな
でドラフターを滅ぼしてしまおう。
3.レース翌日、コース上で「ごみ拾い」をしてみよう。
TRIATHLONが開催される地域というのは、少なくとも日本では自然豊かで風光明
媚なところが多い。コース上にゴミが落ちていたために、町外から集まってきた選手
・関係者が「汚ねぇ町だな」なんて思われたくないし、大抵は綺麗に掃除をしている
ものだ。
しかし、我儘なIRONMANたちが大軍で侵攻したあとというのは、どんなに気を付け
ていたとしても、コース上にはゴミが散乱してしまうものだ。これを片付けるのは、ボ
ランティアやスタッフ関係者、地元の応援者や沿道の住民の方々の、「選手以外の
人達」が殆どだ。
レースの翌日、痛い体を引きずりながらコース上のゴミ拾いをするというのは、単に
「来たとき以上に町を綺麗に」という躾の意味だけでなく、レースそのものが「いか
に非日常的であったか」ということや、コースを改めて歩いて辿ることで、レース中に
感じたこと、出来事を思い出し、次なるレースに向けてmotivationを高めたり戦略を
練ったりするいい機会にもなるのだ。
ナニナニ?
スケジュールがタイトだし、体が痛く手でゴミ拾いに出られないって?
キミ、IRONMANに出場するためにどんなに苦しいトレーニングも積んできただろうし、
色々な難題を整理してスケジュールを調整してここへきたのではなかったのかね?
それと、ゴミを拾ったあとにaward partyに出席したら、ゴミを放り投げて帰っちゃいけ
ないゼ。
4.閉会式・表彰式(award party)に出よう。できたら、最後まで会場にいてみよう。
閉会式だって、立派なIRONMANの公式行事だ。HawaiiのChampionshipだったら100
ドルもするaward
partyのチケットを、300ドル出してでも買おうとするくせに、ほかのレ
ースでは「他人の記録や表彰にはまるで興味がない」とか「仕事が忙しくて」なんて
うそぶいてホイサッサと帰ってしまう…。まったく、IRONMANなんていう気違いじみた
スポーツを「楽しいからやっているんだ」なんて言っているくらいだから、自分勝手な
変わり者も多いのだろう。
表彰される上位入賞者が痛々しく歩いてステージに上がる姿、しかし、振り向く時に
見せるとても誇らしい表情。ただ単に「あいつはオレと違って素質があるから」とか、
「彼はトレーニング時間が取れるいい職場環だからだよ」と安易な言葉で言いくるめ
てしまうのは簡単だ。
しかし、もう一歩こちらから彼らに近寄ってみて、「一体いつから、いったいどんな決
心をして、このレースのためにどんな準備と苦労を積み重ねてきたのか」を、ぜひ想
像してみて欲しい。そんなことを思いめぐらせてみた後、きっと、僕らは少しだけ誇ら
しくなって、こう思うことだろう。
「ああ、おれも彼と同じレースに出て完走したIRONMANの仲間なのだ」と。
5.ゴールの制限時間まで、ゴール会場で選手を応援してみよう。
「IRONMANの完走者は、みな勝者である」とは、Hawaii Championshipだけでなく、世
界中のIRONMAN Raceに当てはまる黄金律である。しかし、IRONMANの制限時間
の最後の最後までゴールを見守ってくれた人たちにも、なにか、そういう称号を与え
てあげたいと思う。それほどまでに、IRONMANのゴールを最後まで見届けるという
行為は素晴らしいことだと思う。
本当のIRONMANのドラマは、ゴールが近づくにつれ、制限時間が近づくにつれて凝
縮されてくる。許された時間の限り、這ってでもゴールを目指す選手たちと、ゴール
会場でそれをたたえる応援者(とウィットさんらスタッフたち)が三位一体となってこそ
出来上がる情熱と熱気。規模は小さくても、そこにはKONAやドイツの熱気のエッセ
ンスを感じられるはずだ。TVモニターを介してみていたのでは、これは「体感」できな
い。なぜなら、それはゴールを目指す選手と、ゴールで声援を送る人たちとが共同で
織りなすハーモニーだからだ。
自分もそこに身を置き、ゴールの一点を見て走ってくる選手たちをみていると、自分
の時とは一味もふた味も違った感動が、何度も何度も押し寄せてくるだろう。感動の
場面は、自分のドラマだけではないのだ。ゴールはもう目の前なのに、まだ真剣で
射抜くような必死の眼差し、クシャクシャになった笑顔、寄り添う家族(中にはペット
の犬も)・・・気が付くと、大きな声で声援を送っている自分がいる。
ゴール後に「もうオレは頑張って完走したんだし、もうなーんもしたくない。動きたくな
いもんね。ビール早よして、ね、ビール!」なんて言っていた自分の体に、また新た
に不思議に大きな力が湧いてこようというものだ。
I.M.Japanでは、一昨年から制限時間15分ほど前になると、ゴールゲート前に突如
IRONRAINBOWができるようになった。それは、22時丁度に最大となって、突如消
え去る。今年は、その後もしばらく見られ、最後はM.C.のウィットさんを包んで胴上げ
してから消えました。
「IRONMANなら全て知っている」「IRONMANはおれの生き甲斐だ」と豪語している
キミ、キミは22時に出来るIRONRAINBOWを体験したかい、ン?