皆生大会リタイアの記!  

投稿第137号
皆生大会リタイアの記!
  
2008年8月5日
AAC
会員:熊倉正彦氏

DHバーに添えた腕から玉のような汗が噴きだし滴り落ちる。大山の山腹沿い
のアップダウンをこれでもかと繰り返す皆生大会のバイクコースも、上りはあ
と二ヶ所だなとこの先を見据えながらバイクを駆る。関門時間が迫ってはいる
が、次のエイドステーションである淀江までは行こうと気を引き締める。妻木
晩田遺跡へ続く坂が視野に入ってきて、これを上ればあの水掛おじさんに体を
冷やしてもらい元気が出るぞと、ペダルに力をこめた。そのとたん腕の汗がさ
っと引き、両足に痙攣がきた。ほうほうの態で自転車を降りたものの、立つこ
とも座ることもできない。ひざと腰を曲げたまま木陰に移動し、栄養補給と水
を飲みながら痙攣が治まるのを待つ。

この大会、スイムは時々バトルに巻き込まれながらもまずまずのタイム。バイ
クはいつものゆっくりペース。エイドでの食料が切れかけていたので、ちょっ
と時間がかかっているのかなと思ったが、別に体調が悪いというわけではない。
しかし暑い。大山道路を外れて山腹コースに入る。ゴルフ場入り口の交差点付
近のグレーチングの蓋がしてある溝を横切った際、その蓋が跳ねモトクロスよ
ろしく大ジャンプとなった。ひっくり返ることなくさっと着地したものの前輪
からゴゴゴゴゴと振動とともに異音が発生。リム打ちパンクだ。米子精工の門
の前で修理に取り掛かる。親指の腹の皮をもすりむきながらタイヤをはがす。
しかしバルブエキステンダーが外れない。仕方なくタイヤのほうをぐるぐる回
して抜き、新しいタイヤを逆のやり方ではめた。だがバルブがちゃんと勘合し
ていないのか、そこだけ飛び出たようで具合がよくない。そうこうしていると
メカニックがやって来て手伝ってくれた。エキステンダーをプライヤーで抜き、
やすりで穴を少し大きくし、シールテープでタイヤをばっちりと貼り付けた。
材料費がかかっているから有料で、レース後支払ってくださいとのこと。感謝
感謝でレースに復帰する。

すでに正午は過ぎてしまっている。このロスタイムは私のペースでは大きいが、
先を目指すほかはない。エイドの食料は尽き、コーラをがぶ飲みする。中山の
折り返しには1時過ぎに着いた。水を浴び体を冷やし、スイカにありつく。1
3時30分の関門が目の前にちらつき、気持ちが萎えかける。10分前、やっ
ぱり行こうと気を取り直して再スタートした。まだ行きますかといった眼差し
でスタッフの方たちが応援してくれる。

痙攣も動ける状態にまでなったので、自転車を押しながら坂を上りだした。ま
だ自転車に乗るだけの体力・気力が回復していない。マーシャルがやって来て
大丈夫ですかと声をかけてくれた。淀江までは行きますと答えると、励まして
先に進んでいった。ようやく水掛おじさんのところにたどり着き、思いっきり
水を浴びせかけてもらい、氷をボトルにお土産としていただいた。さあ、あと
ちょっとで下りだとバイクにまたがって踏み込んだとき、後ろから審判の車が
追い越して止まり、道を塞いだ。時間ですと。14時30分の関門を通過でき
なかった。ポイント179、長田入口交差点、115キロメータ地点。タイム
アウトで失格である。それは承知したし納得しているが、自力で次の淀江のエ
イドまで行くから進ませてくださいと頼むが、それはまかりならぬ、収容車が
来るからここで待っていてくださいという。自分から止めると言ったわけでな
いから、口惜しさが募る。自転車が壊れたら担いででも、走れなかったら這っ
てでもゴールを目指すのがトライアスロンじゃないかと、いささか気色張った
思いがしたが、従うしかない。そのうち後続のリタイア組みが合流し、4人で
収容車を待つことになった。皆さん60才前後の方達だ。口々に次まで行くの
にと言いつつも、行ってもすでに撤収してしまって対応が取れないかもしれな
いねとお互いの気持ちをなだめ合うばかりである。

収容され、ビニールに入ったかち割り氷で火照った体を冷やしつつ、ゴール地
点の東山競技場に向かい、そこでアンクルバンドを返却し、正式にリタイアの
申告をした。実行委員長の柴野さんに会い、リタイアしてしまったことを詫び
る。これだけ暑いから仕方ないですよと慰めてはもらうが、脱力感にさいなま
れる。着替えをし、マッサージを受け、鉄人ラーメンに初めてありつく。いつ
もは制限時間いっぱいのゴールで、すでに売り切れて食べたことがなかったが、
これがうまい。ほろ苦ビールとともに汁まで飲みほした。レース中は水分のか
ぶ飲みで、塩分の欠乏による熱痙攣だったのだろう。塩分を追加したジェルを
栄養補給として携えてはいたが、汗として流れ出る方が多く、間に合わなかっ
たと思われる。

競技場でゴールを目指すトライアスリートたちに、完走おめでとう、ラストガ
ンバと声をかけ拍手しながら、何で私はこんなところにいるのだ、まだみんな
レースをやっているではないかと、苛立たしさがどんどん募ってきた。残念・
無念・悔しさ、何よりも達成感がない。参加した満足感がない。当たり前だが。
私がロングのレースを主に参加するのは、丸一日、レースを・地域を・そこに
集う人々とともに、遊ばせて楽しませてもらえるからだ。競技としてそれをこ
なせる練習量が必要なのは当然だ。だが私にとってトライアスロンは、あくま
でも遊びだ。だからこれまで続けてこられた。こんな思いはAACにとって異
端なのかもしれない。1分1秒を目指す向上心を研ぎ澄ますのもよし、有名大
会を制覇するのもよし、思い入れの深い大会の連続出場にかけるのもよし、ス
タッフやボランティアで大会を支えるのもよし、そして何より沿道から声援を
送り選手にパワーを漲らせる応援の一人としても、トライアスロンを楽しむや
り方は千差万別であろう。人生の中でトライアスロンを取り入れて、引き続き
楽しんでまいろうと思う。

私はこれまで18シーズン、48のトライアスロン大会に出場してきて、今回
初めてタイムアウト・リタイアを喫してしまった。どうして。還暦を超えて衰
える体力を補うだけの練習量の不足。レースホイールのタイヤの張替を今まで
一度もしたことがなかったこと。レース中の栄養補給がうまくいかなかったこ
と。暑さ対策。そして何よりも長年続けてきたのだからとの思いが慢心に結び
ついてしまったからであろう。心してとりかからねばまた同じ過ちを繰り返し
てしまいそうだ。今回をそのいい機会ととらえたい。ラストランナーを迎え、
フィニッシュラインでボランティア部長の音頭で万歳三唱を心から唱和するこ
とのできる輪にこれからも入りたいと思う。

翌日の閉会式で、今大会では普段の倍のDNFが出たとの報告があった。それ
でも8割の選手が完走を成し遂げている。AACからもエイジの入賞者を出し
た。リタイアは2人だけ。打ち塞がれる思いである。来年も挑戦するしかない
なと、気を引き締め直す。メカニックの料金はちゃんと支払った。

太平洋戦争終末期、傷病患者を移送していた列車が戦闘機の襲撃にあい、多数
の乗客と住民の犠牲者が出たことで、最近になって地元の商店街が力を合わせ
て慰霊碑を建立したとのニュースを見た。そこで今大会の帰路そのJR大山口
駅と現場の切り割を訪れた。大山の麓でおよそ戦争と結びつくものが見つから
ない地でもこんな悲劇があったのだと悼むとともに、レースを楽しむことので
きる平和がこれからも長く続くことを祈った。そして妻木晩田遺跡を巡り、あ
とはひたすら大山・蒜山の湧水を求めて、天の真名井・本宮・塩釜へと向かい、
3種類のおいしい水をお土産にゲットし、意気揚々と家にたどりついた。

追記:パンクしたホイールは後日点検したところ、クラックが入っており、使
用不能となってしまった。そんな状態でよくレースに復帰できたものだと胸を
なでおろす。もし途中でクラッシュしてしまったなら、怪我では済まなかった
だろう。無事で帰ってこられて何よりである。でも、この出費は痛い。
(大会開催日:2008・7・20)

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