第8回日本横断「川の道」フットレース参加レポート!

第326号
第8回日本横断「川の道」フットレース参加レポート!
2012年5月16日
AAC会員
原典昭氏

「川の道」フットレースとは
【スポーツエイドジャパン「第8回日本横断「川の道」フットレース」パンフレットより】
◆「川の道」とは、太平洋(東京湾)から日本海(新潟市)までを結ぶ道です。
日本を代表する大河、荒川(173km)と信濃川(長野県内では千曲川:367km)は、山
梨県(甲州)、埼玉県(武州)、長野県(信州)の三国境に鎮座する甲武信岳によって、
水流の行き先をそれぞれ太平洋と日本海に分けられています。荒川を太平洋から上
流へと遡上し、甲武信岳北側の三国峠(海抜1,828m)を越えて信濃川沿いに日本海
へと続く道を私たちは「川の道」と呼ぶことにしました。海から山へ、そして山から海へ
と2つの大河の生涯をたどる「川の道」は森羅万象の息吹すら感じられる道でもありま
す。日本横断「川の道」フットレースは、荒川と信濃川の総延長に近い距離520kmを
東京、埼玉、長野、新潟の1都3県をまたいで走り抜く、壮大でロマンあふれる「日本
横断ステージ」です。
◎大会完走記
この大会は一昨年(2010年)に初参加、心身とも限界状態で109時間35分かけて8
位でゴールした。そして、自分なりに走り込んで自信をつけて挑んだ昨年の大会は、
残念ながら二日目に不幸な事故(酒気帯び運転の車にはねられ参加ランナーが死
亡)があり大会中止となる。今年は、亡くなった走友と日本海まで走る事+レベルアッ
プした走力を証明するレースとして、100時間以内での完走と入賞(3位以内)を目標
に参加した。
≪4月29日≫
午後、東京ドーム近くの開会式・前日受付会場にて競技説明会(今年から必須)に参
加。久しぶりに会う主催者・スタッフ・走友達と挨拶&雑談。スタート会場に近いビジネ
スホテルにて宿泊。
≪4月30日≫初日:走行距離120km
ホテルにて朝食後、都バスにて葛西臨海公園駅前のスタート会場へ。何人かの知人
と会話しているうちに午前9時にスタート、応援に駆けつけてくれたJogNoteリンク友
「のんたん」とハイタッチして、勇気を貰って荒川沿いへ走り出す。暑さを覚悟していた
が、幸い曇天で走りやすい。少しずつ前に出て、しばらく一昨年のチャンピオンとトッ
プを併走した。3箇所の私設エイドで栄養・水分を補給させて頂き、単独トップで第1C
Pへ。その後に過去2回優勝のYさんと前後しながら、65キロ過ぎの第3CPまでは先
頭で通過した。この頃から身体が一気に重くなる。曇天でも蒸し暑さが堪えていたよ
うで熱中症の初期症状(目眩や吐き気)がでてペースダウン。コンビニ等での休憩を
しているうちに、前半ハーフの部(265キロ)の方を含めて何人かのランナーに抜かれ
る。熊谷に向かう途中、突然の雷と雨。レインジャケット・リュックカバーを装着するが、
すぐに止む。明るい街灯の下で畳んでリュックへ格納。秩父市内に向かう途中で日
付が変わった。
≪5月1日≫2日目:走行距離130km
午前7時半、レストポイント「こまどり荘」へ3位で到着。気分が悪かったので食事前
に入浴して胃薬「ガスター10」を飲み、カレーライスを頂く。サポートスタッフでJogNo
teリンク友「pi」さんに我がまま言って、フルーツポンチの蜜汁だけを分けてもらって
飲む。低血糖対策に即効性があり気分が回復。その後は暖かい布で2時間の仮眠
をとった。仮眠所に後着した、秋のレース「Kansupa(320km)で2年連続先頭争いを
したNさん(川の道優勝経験者)が先に出発。4位でのスタートとなった。三国峠へ向
かう途中でコースレコード保持者の女将Fさんが追いついて来られ、しばらくは早歩
きしながらランニング談義の楽しい一時。勾配のキツイ登りが続き出した頃に、前に
出る。峠の手前で先行していたNさんも追い越した。三国峠の頂上付近で待望の雪
を発見。夕暮れ時に到着した一昨年と比べて4時間ほど早いせいか、たいした寒さも
なく、快調に長野県側の村へ下山できた。まだ営業中のコンビニ(夜9時に閉店)で
食料を補給して先へ。時間が早いと良い事が多い。途中で小雨が降ったり止んだり。
レインジャケットの脱着が忙しかった。単調で店の明かりがないR141をひたすら走り、
コンビニや食堂が出てきた佐久市内に入る頃に日付が変わる。
≪5月2日≫3日目:走行距離120km
第2レストポイント小諸キャッスルホテルまで残り10キロを切った頃、久しぶりに空腹
感が出て、吉野家で牛鍋丼とサラダ・味噌汁で夜食。深夜2時半に3位でホテルに到
着した。仮眠室に備え付けのお風呂に浸かって(大浴場=温泉は、この時間は使用
不可)布団の中へ。このホテルでは後の眠気に備えて3-4時間の睡眠をとるつもりが、
ピッタリ2時間で目覚めた。第一レストポイント到着時に右向こう脛の右上付近が腫
れていたが、かなり炎症が広がって膨れ上がっている。主催者や後から到着のFさん
(ナース)に見てもらうが決め手となる対応なし。ゴールまで残り255キロ。ごまかしや
気力でもたせるには長過ぎる距離だ。仮眠する寸前のNさんから補強用テープを頂き、
患部の上に貼ってホテルをスタート。動かなくなるまでは走れると開き直った。ホテル
を出てすぐのコンビニで弁当の朝食を済ませ次のチェックポイント上田城跡へ。ここで
50分前にスタートしていたFさんを追い抜いた。彼女は腰痛で走れないと言いながら
もスピードのあるウォークで休憩も短く着実に前進していく。さすが優勝経験者。長野
市内に入り善光寺への往復参道で後発のNさんとすれ違う。Fさんもすぐ後ろとか。
どうやら上位5名までと6位以下との差が大きく開いたらしい。飯山駅前のCPを過ぎ、
町並みがすっかり無くなった頃に日付が変わる。
≪5月3日≫4日目:走行距離125km
千曲川の土手から県境に続く真っ暗な荒れた道路を一人で走る。眠気対策にウォー
クマンを装着。県境付近の急な下り坂は折れた大きな枝が散乱していたり側溝のコ
ンクリート蓋が壊れていたりで、油断してると大怪我の原因になる。何度か脚をとられ
かけて、ヒヤッとした。途中で雑誌の自販機があるトタン板で囲まれた建物(というよ
り空間)のコンクリートで横たわり、寒さ対策にリュックをお腹に当てて目を閉じる。
ほんの一瞬でも眠れた。これが眠気覚ましには効果絶大。県境を超えて新潟県に入
った頃、2日目から気になっていた脚・膝の痛みが、かなり酷くなる。一昨年と比べて
かなりゴール寄りになった第3レストポイントまでが異常に長く感じた。誰もいない道
路で何度も大声で悲鳴をあげて走る。すっかり夜が明けた午前7時前に民宿「かみ
や」到着。入浴・食事の後、両脚に冷湿布(各レストポイントで寝る前に毎回貼ってい
た)を10枚以上貼り付けて休む。ここでも3時間以上寝るつもりが2時間で目覚めた。
何故だろう。ここまで来たらどこが痛もうがゴールを目指すしかない。宿を3番目にス
タートした。出発直前までかなり降っていた雨が、ほとんど止んだ。慌ててレインジャ
ケットを脱ぎ、リュックへ格納。開き直ったせいか走り出しは身体が軽くて胃の調子が
良い。十日町駅前のコンビニで大盛弁当とデザートの甘いお菓子を食べたら気分が
悪くなった。調子にのって食べ過ぎた・・・昼過ぎまで腹痛と吐き気に苦しむ。十日町
から小千谷市内にかけて、あちこちで積雪が残っていた。さすが越後の国。その割
には日が差すと少し暑くて何度も雪を掴みたい気分になる。午後3時頃に寿司が食
べたくなって廻る寿司屋へ。珍しい食材とか見つけて満足。美味しかったが6皿で切
上げた。その後、私設エイドでお餅を頂く。長岡市内では方角に悩み、通りすがりの
方に何度か道を尋ねる。親切な方達ばかりで助かった。R8に入ってからは延々と続
く側道を進む。この辺りは路面が良い箇所が多く、脚への衝撃が少なくて助かった。
今までよりは雨脚が強くなったが、それでも降ったり止んだりの繰り返し。シャツを濡
らしてせいで寒さがたまらない。またまた気分が悪くなり吐き気がひどくなった。何も
食べたくないがエネルギーゼリーを無理やり吸って体力をつなぐ。新潟市の中心部を
通過する頃、日付が変わった。ゴールは近い!
≪5月4日≫5日目:走行距離25km
新潟市内の広さは半端じゃない。直線の道を日本海目指してひたすら進む。道路に
はコマ目に距離表示があるが、なかなか縮まらなくて嫌になる。唯一の目印=CPの
大野大橋を越えてサイクリングロードを目指すが、手前の高速ICが直進できず迂回
路となっていて方角を見失ってコースアウト。コンビニショップの方や通りすがりのドラ
イバーに道を尋ねながら何とかコースに戻った。慌てて緊張してアドレナリンが分泌
されたせいか、迷っている間は脚の痛みを忘れてかなりのペースで走る。最終CPの
関谷分水路口(信濃川の河口=日本海)に辿りつき、事務局にTEL。1キロ先に先行
のランナーが走っていると聞くが、追いかけるような気力はない。土手沿いの見渡し
のよい所から振り返ると後続のランナーらしい灯りもなし。3位(入賞)確定と思い、そ
こからは歩きを交えながらゴール会場へ。さすがにゴールテープが見えた瞬間にはこ
み上げてくるものを感じた。
5月4日午前4時3分、感動と安堵のゴール。520キロを91時間03分のタイムだった。
到着後に2位と知らされて驚く。間違いなくトップと思っていたYさんが腰の痛みにより
スローダウン&度々のコンビニ休憩をしているとの事。知らないうちに抜いていたよう
だ。優勝は韓国のランナーPさんで私より21分の先着だった。二人で一時間ほどYさ
んの到着を待つが連絡もなく、仕方なく健康ランドで入浴・仮眠した。6時半に目覚め
(どうも長時間眠れないらしい)て身支度をしているとゴールしたYさんにばったり出会
う。ラスト30キロから腰の痛みで走れず、5度ほど仮眠したそう。それでも3位ゴール
はさすが。お互いの健闘を称え合って別れた。
主催者に挨拶した後に一人で路線バスに乗って帰路へ。新潟駅では大盛ライスの
朝食セットを食べた後、大阪への特急列車の待ち時間・乗ってからのほとんどを寝て
は脚の痛みで目覚めるの繰り返し。食欲は旺盛で列車内で幕の内弁当、乗り換えの
金沢駅では、かき揚げ蕎麦+お握り2個を頂いた。午後7時半過ぎに自宅着。
≪後記≫
今回の大会は過去の優勝経験者を含む多数のランナーが参加したが、昨年の事故
の教訓から歩道の走行を徹底され、以前なら路面が悪くて車道を走ったような箇所
でも辛抱して歩道を走行した。その中で国や自治体は、誰の為に歩道をつくったのか
疑問を感じる事が多かった。民家や会社の入口の度に大きな段差がある歩道が多く、
単純につくっただけでお年寄りや小さな子供の通行は配慮されてないと感じた。また
歩道が途絶えたり道路の反対側に移ったりしている箇所があり、車本位の道路建設
としか思えない。走りながら、こんな経験を多くの方に伝えて今後の道路整備に役立
てればと考えたりもした。
帰宅後、二日間はまともに歩けなかった。両脚の腫れがひき終日、ビジネスシューズ
を履けるようになったのがゴールの1週間後。8日後の今も右向う脛の腫れが残って
いる。速くなった分、脚への負担が大きいせいか。ようやく13日からジョグOKとの診
断を鍼灸院より頂いたが、大腿部の張りとか脚・腰のいろんな箇所に疲労が残って
いる。
自分の記録については、当初の目標をタイム(100時間切り)・順位(3位以内)ともク
リアした。初参加した一昨年より遥かに強くなった自分を確認できて、ほぼ満足してい
る。来年はどうするか?未だ考える気にもなれない。これから年末にかけて幾つかの
目標レース(ウルトラ・フル)を目指して走る事になるが、この大会の疲れ(身体・気持
ち)を完全に癒して新たな気持ちでスタートしたいものだ。とはいえ、復活レース第一
弾のしまなみ海道100キロウルトラ遠足(目標=サブ9)は6月2日。そんなにゆっくり
は、できなさそうだ。
(大会開催日:2012・4・30〜5・5)

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