
第374号
気がつくとだんだんフルマラソンへ!
2013年5月8日
AAC会員
平井伯定氏
はじめまして、四月から練習会に参加し始めました平井です。自己紹介をかねて少し
歩&走歴を振り返ってみたいと思います。
◆小学校◇◇◇◇
朝礼の校庭からは、六甲山の美しいシルエットが眺められる環境でしたが、どちらかと
いうと運動会には出たくない、休み時間に流行っていたドッジボールも嫌い、何故かサ
ッカーだけは好きというへんな子供でした。
中学校に入り、ワンダーフォーゲル部の練習で神呪寺やゴロゴロ岳まで往復し、さらに
サーキットトレーニングで鍛えられます。夏は、中庭の芝生でテント張 りのタイムトライ
アル、そのまま前泊して重いキスリングにテントを入れて船坂峠を越えて山口小学校
まで遠征しました。高校で、いよいよ山岳部に入り山男へ・・・、と思いきやハードな部
活に付いていくことが出来ず、あえなく退部。
◆◆ビギナーズ◇◇◇
転機は、同僚の誘いでした。年に1、2度日帰り登山をするのが楽しみだった私が、三
田国際マスターズに初めての大会参加したのが2006年12月でした。(練習は武庫川
での1時間走のみ) この頃、ランナーズという雑誌があることも驚きとともに知りました
が、黄色い表紙のダイアリーを持つと「いずれはフルマラソンに」という願いを抱くように
なって行きました。
二回目は2007年5月の小豆島オリーブハーフマ ラソンで、怖いもの知らずにも当日早
朝に飾磨港からフェリーで会場入り、陽光降り注ぐ海辺のコースを無事走り終え、振舞
われたそうめん(とつゆ)のなんと美味しかったことでしょう。
◆◆◆サブフォー◇◇
三回目は再び三田でようやく1時間台に入りました。一冊目のダイアリーには年間で
473kmという可愛い数字があります。翌2008年11月2日は、霧島登山マラソンで15
74kmの高千穂峰へ登る。走るというよりも登る程度の速さが精一杯、なにしろ高低差
1200メートルでゴールが頂上というコース設定も凄いが、標高千メートルを超えると
月面を思わせる様なガレ場の連続。頂上からの帰りは自衛隊のジープで送ってもらう
というサービスも異色でした。
その三週間後 、福知山で初フルを走り、記録は4:19。メモによると25km地点で壁に
当たると書かれているので、まだ脚作りができていないことがわかる。
しかし12月の三田では1:49、翌年3月の篠山ABCで4:09とこの頃は、面白いよう
に記録が伸びていた。(なつかしい)。
2009年二回目の福知山で、サブフォーを、それもぴったしの3:59を達成。ランナーとし
て三年生になった当時は、およそ次のような大会に出ていました。
1月 武庫川新春ロードレース
4月 さつきマラソン
6月 たたらぎダム湖マラソン
10月 淡路国生みハーフマラソン
◆◆◆◆神戸マラソン◇
2010年12月、加古川マラソンに出るも、今度は35kmの壁に跳ね返されて失速。失意
のうちに迎えた2011年 でしたが、第一回神戸マラソンに当選。ついでに翌2012年は
大阪マラソン大会にも当選し、気がつくとだんだんフルマラソンへの出場の方が多くな
ってきていました。
◆◆◆◆番外編◆
普段は、住吉川(一周4.8K)で主に朝、練習していますが、月に一度ぐらい、職場の
同僚らに声をかけて六甲ケーブル下の裏山(高羽道)や水平道などトレイル練習も行
います。それから加古川総合運動公園で行われる4時間走や、宝ヶ池周回の京都チ
ャリティファンランなどに距離練習として参加しています。今年は、東山三十六峰トレイ
ルに是非参加したいと考えています。どうぞよろしくお願いします。
走りの世界を垣間見ることで、読書の幅が広がってきた事も嬉しい。次の書籍を紹介
し、本稿の括りとします。
「人はなぜは知るのか」 ベルンド・ハインリッチ
原本:WHY WE RUN a natural history Bernd
Heinrich