
第586号
初 ウ ル ト ラ 1 0 0 キ ロ 完 走 記 !
2016年9月27日
AAC会員
古賀 徹氏
9月18日、三連休の中日に初めての100キロ、丹後ウルトラマラソンにチャレンジして
来ました。今までのウルトラ経験は今年、昨年のユリカモメウルトラ70キロが最高で、
どちらも完走は果たしたものの今年は60キロ手前で両脚痙攣地獄に襲われ、ラスト
10キロ強がほぼ歩きになり撃沈しました。
AAC、いや日本、いや世界で一番の汗かきを自負する私にとって、最大の敵は暑さで
す。ユリカモメ撃沈の際も大量の発汗による塩分、ミネラル等の流出により脚の痙攣
はもとより手の指や胃まで痙攣を起こしました。夏場のひどい時は喉や鼓膜まで痙攣
しているのか、声がかすれたり、耳が遠くなったりしたこともあります。9月のまだ残暑
が厳しい時期に行われる丹後ウルトラでは暑さ対策が必須でした。塩熱サプリやマグ
オン等をウェストポーチにパンパンに詰め込んでレースに臨みました。
暑さ対策とは別に、今まで履いてきたシューズも半年以上経過していたので、ウルト
ラ向けにシューズを購入しました。あまり道具・形にこだわらない性質なので、ランニン
グを始めて半年くらいは元々持っていたテニスシューズにテニスウェアで走っていまし
た。今でもせいぜいアウトレットのお店で安くて何となく良い感じのシューズを買ってい
て、全く性能とか気にせず履いてきました。
今回はウルトラに備えて知り合いのスポーツショップの店長に相談して、軽くてクッシ
ョン性にも優れる今年7月に発売されたばかりのアシックスのシューズをゲットしました。
ただし、入手出来たのがレースの週の月曜日で、試し履きは火、水曜日と2回20キロ
程度しか出来ませんでした。その試しの段階で走っている時に足の裏が熱くなる、い
つも違う位置に圧がかかっているような感覚を覚えました。半年以上履き続けた磨り
減ったシューズと、最新型の軽くてクッション性に優れていると言われたニューシュー
ズ、どちらで走るか悩みましたが、結局ニューシューズで走る事にしました。
暑さ、痙攣対策で頭が一杯だった私は、これが後に地獄への入り口になるとは思っ
てもいませんでした。
いざ当日の天気予報は雨、当日もスタート前は土砂降りとなりましたが、スタート時点
では奇跡的に上がりました。私にとっては幸いな事にほぼ曇天の比較的涼しい中で
走れる事となりました。真っ暗な中、涼しいとはいえ気温22度くらいあり、2~3キロ走
った段階で汗が噴出してきました。最初のエイドから梅干しを3~4粒放り込み、水分
補給もしっかりしつつ、10キロ60分を目標に走り始めました。最初の10キロは予定
通り59分18秒で通過しましたが、その頃から試走でも感じた足の裏の熱が気になり
始めました。違和感を感じつつも、30キロも2時間56分と予定通りのペースを維持し、
前半は順調に思えました。
ところが40キロを過ぎたあたりから足の裏の違和感も異物感に変わり、豆が出来て
いるのが解りました。痛みに堪えつつ距離を重ね、二回の七竜峠超えを挟んで50キ
ロを5時間15分、何とか許容範囲のペースで進みました。そしていよいよ碇高原の登
りにさしかかりました。思っていたより傾斜が緩かったので、歩くことなくゆっくり走って
のぼりました。両足の裏のマメも5センチ以上になっている感覚でしたが、上りで衝撃
も少ないせいか、痛みも耐えつつコツコツ高原の頂上を目指しました。ところが頂上
の手前65キロ付近で足の裏のマメが潰れてシューズの中に生ぬるい液体がジュワツ
と溢れるのが解りました。と同時にあまりの痛みに心も折れかかり、この状況で30キ
ロ以上走るというイメージが全く持てなくなり、頭の中をリタイアがよぎりました。歩くよ
りも走っている方が接地時間が短いせいか痛みがマシな気がして、何とか足を引き
摺りながら碇高原の関門まで辿りつきました。救護に駆け込み、靴下の上からテーピ
ングをグルグル巻きにしてもらいました。そしてここからが本当の地獄、魔の下り10
キロでした。
初めて体感しましたが、足の裏のマメの痛みは上りよりも下りが圧倒的に辛いのです
ね・・・しかも巻いたテーピングが靴の中でよれて、かえってマメを圧迫する状況で激
痛が走り始めました。次のエイドで直ぐにテーピングを外して、キロ8~9分でとぼとぼ
下り、途中今回タイタンの称号を手にされた東さんに後ろから「そこの前を走るAACの
君、頑張れ~」と励まされました。そこで「一緒に行こうか」と仰って頂いたのですが、
とてもペースを上げれる状況で無く、「無理です~」と弱音を吐き、「後でまた僕を追い
抜きよ~」と東さんの背中がドンドン小さくなってゆきました。この頃は雨が降り出し、
足の激痛からか時折り悪寒が襲ってくるほどコンディションは最悪でした。頭の中はリ
タイアで一杯でしたが、関門の時刻までは大分余裕もあるし、マメの痛み以外足は残
っているし、足のマメごときでリタイアも格好悪いし、と色々考えながらトボトボ走り続
けました。
そしてようやく魔の下りも終わり何とか最終関門の丹後庁舎に到着し、この時ボラン
ティアの方から「もう残り歩いても制限時間間に合いますよ~」と聞いた瞬間初めて完
走出来るのではないかと思いました。残り約15キロ、制限時間まで3時間15分、完走
見えたと思ったら一瞬涙が溢れそうになりました。ところがここからも地味にアップダウ
ンが続き、1キロが長いこと長いこと・・・泣いている場合じゃない、これはまだ何があ
るかわからないぞと再度気合を入れなおしました。だんだん痛みには慣れてきたもの
の、さすがに脚の疲労もピークに達し、キロ7~8分で脚を運びました。手前3キロで
頑張れば13時間が切れそうだということに気づき、最後はそれを目標に粘り、12時間
57分18秒でゴール。最後の数百メートルは不思議と足の痛みも全く感じず、足取りも
軽く感じました。一番懸念していた大量発汗による痙攣が一度も無かったのは29箇
所のエイドほとんどで梅干しを3~4粒、推定100粒以上食べたのが効いたようです。
普通半日でこれだけ梅干を食べたら体を壊しますよね。どれほど自分が汗かいて塩を
噴出しているのか我ながら驚きます。
レース後、恐る恐る足の裏見たら潰れたはずのマメがまた出来まくっていました。
翌日は祝日で病院は休みでしたが、たまらず急患で近くの病院に駆け込み足の治療
を受けました。こんなにつらい状況で完走出来たのも、ひとえに皆さんに”変態”へと
育てて頂いたお陰です。靴の選択ミスで苦いウルトラ100キロデビューとなりましたが、
来年はリベンジを図りたいと・・・いや、やっぱりまた来年考えます。
最後に、このツアーを企画・引率して頂きました山崎さん、バスを往復運転して頂いた
廣田さんをはじめ、ツアーご一緒させて頂いた皆様、大変お世話になりました。
有難うございました。
(大会開催日:2016年9月18日)