
第637号
五十路に入り思うこと!
2018年2月6日
日本アイアンマンクラブ会員
川上 雅子氏
平成30年が明けて1月の最終日曜日に勝田全国マラソンに参戦しました。12年ぶりで
した。同じレースに出た理由は、今年から大阪国際女子マラソンに出られなくなった
ことと、これらの国際レースに参戦できる記録を始めて出した大会がここだったから
です。結果を比べて12年間のマラソンレースを考えてみました。これはおそらく30代、
40代の方にはわからないと思いますが、皆さまでしたら共感していただけるところが
少なからずあるのではと思います。
12年前の勝田は、3時間15分という当時の国際レース参戦基準タイムを初めてクリ
アーできた記念すべき大会であり年でした。この翌年から、国際レース(東京→
横浜→埼玉、名古屋、大阪)に参戦できるようになり12年にわたってすべてのレース
に参加しました。但し横浜国際女子マラソンは2回出て2回とも足切り回収でした。
私が好きだったのは大阪国際女子マラソン。季節的にちょうど、トラシーズンが終わ
って一休みしてから走り込む時間があり、レースが終わってちょっと休憩して4月5月
からのトラレースの準備をしだすのによかったので、昨年まで連続参戦してきました。
この12年間は参加基準記録の更新が連続参加の最低条件だったので、緊張感をも
ってトレーニングしてきました。はっきり言ってとても苦しかったです。レースも練
習も。この中で自己ベスト3時間6分19を49歳で7年ぶりに更新した時は本当にうれし
かったです。自己ベストって本当に出ないんですよね。
私は職業柄加齢についてはかなりシビアに受け止めていますが、これは年齢を理解
し受け入れるという形でハッピーになれるということもよく理解しています。アスリ
ートという人が、アマ・プロ関係なくつぶやく言葉に、『だめだと思ったらだめ』、
『限界を作ったらそこが限界』というフレーズがあります。私もそう思って50歳までや
ってきました。具体的には単純に『若者に負けないこと』。実際に一昨年のいわて
国体では娘であってもよい年の大学生とチームを組みましたし、メジャーといわれ
るトラレースでも総合入賞以上を最低ライン目標として参戦してきました。
しかしそれが、昨年くらいからできないことが多くなっていることに気が付き始めたの
です。そもそも練習に集中できる時間が短くなりましたし、10年前とおそらく同負荷と
思われる練習をしてもその後の回復に時間がかかるようになり、結局練習の質が下
がってしまうのです。てきめんに表れるのはマラソンのタイム。練習でも今まで刻め
たラップが刻めませんから当然予想タイムも遅く、結果もまあ『パッとしないタイム』
となってしまいます。だからロングトラレースのランでも2年ほど前から4時間以内に
帰ってこられなくなりました。
あれこれと、理由や原因を探してみますが、残念ながらこれが今の私の現実の姿だ
と思います。40代まではたぶん『若い』、でも50歳からはびっくりです。おそらく先
輩方も同じことを感じ、でもそれと折り合いをつけながら今も現役で楽しく苦しくレ
ースをしているのだと思います。自分自身のこの姿をいやだなと思った人はやめ
てしまった方々でしょうか。でもこれも、ひとつの選択だと思います。
さて私はどうしたいのか?実は8年ほど前、開業医になったことを契機に“だらだら
レーサー”を目指したことがありました。これは結果を求めず、完走だけすればい
いという考えで、これでレースが楽しめるはずと思っていました。しかし、どうしても
出てくる結果に納得いきません。私はしっかり練習して、しっかりレースしたいんだ
ということが初めてわかりました。結局だらだらレーサー作戦は失敗。今はまじめに
練習することに決めています。
今年はこの勝田全国マラソンに参戦したことで、足は予定通り回りませんでしたが、
予想外に頭がよく回りました。今年も1年怪我無く、人に迷惑か出ず、実力を出し惜
しみせず、今の私の“Max.”でやってみようと思います。少なくとも『おばさんの部優
勝』は誰にも譲りたくないと思います。おばあさんの部になっても同じ気持ちでいら
れるといいなと思います。