
第649号
もうボストン走らないなんて言わないよ絶対!
2018年5月2日
AAC会員
井上大地氏
愛する関西を離れて早8年。勝手にAACニューヨーク支部長の井上大地です。
50マイルのトレイルレースを中心にアメリカ東海岸で走っています。かれこれ5
年ぶりの投稿になります。今回のボストンマラソンの寄稿で少しでもアメリカの
ランニング文化を感じて頂ければ幸甚です。
ワールドメジャー6つのうち、アメリカだけで3つ。その中でも圧倒的に長い歴
史と熱狂に彩られるボストン。毎年4月、マサチューセッツ州限定の祝日ペイト
リオッツデイはマラソンマンデーと呼ばれ、ボストンはマラソン一色になり耳を
つんざく大歓声に支配されます。自身3年連続3回目のボストン、このボストン
は参加出来ることに大きな意義があります。なぜなら年齢に応じて決められる
ボストンクオリフィケーション、通称BQをクリアする事が必要条件だからです。
僕の年齢なら、サブスリーが目安です。
トレイルシーズン中になぜボストンに出るのか?それはアメリカで走る人々に
とって唯一無二の特別なレースであり、アメリカで走っている事を一番感じられ
るレースだからです。
さて、ご存知の通り歴史的な嵐となった第122回ボストンマラソン。
気温3度、横殴りの大雨、東へのワンウェイコースの中で常に毎秒10~15mの
向かい風。日本では低体温のリスクからまず中止になるコンディションですが、
ボストンストロングを体現する大会は一切そんな空気はありません。
レースレポート
兎にも角にも低体温のリスクを避けるため、山を走るようなスタイルでスタート
ラインへ。登山家がみんな勧めるSHOWAのグローブ、ウインドシェル、カイロ、
SKINS3点セット。スタートまで待たされる時間が長いため、この上に捨てるパ
ーカー、ヒートテック、サバイバルブランケットx2、それでもまだ寒かった。
いつもあるアメリカ国歌斉唱最後の戦闘機のデモンストレーションはなし。
5分前になり、エリートが僕のコラルの脇から出てくる。川内選手に声かけして、
ハイファイブ。集中していたけど、ちゃんとこちらを認識して向こうも声かけて
くれた。そのあとSage Canadyが来たから、またタッチ。エリートとの距離が近
いのがアメリカ流。ケニア人はみんなジャケットきて、寒そう。あとから映像み
たらマラソンと思えないカッコで走ってる。
スタートから4マイルは下り基調。とにかく集団のなかにいて、風よけに使う。
アメリカ人はでかいのでこういう時とっても助かる。 雨はいいけど、風は勘弁。
走り出したら装備のおかげで、なんとか寒さは大丈夫。5km20分で行こうと思
ったけど、早くあったまりたいからか、ちょっと早めに入ってしまった。この条
件だったらもっと自重するべきかもだったけど、タイム云々より早くゴールして
あったまらないと、という気持ちになっていた。15キロまでは集団のなかでじっ
としていて楽に進めて、嵐のボストンでPR出せるんじゃないかとちょっと色気
が出てきた。
ハーフ通過82分台(ハーフ前のキスミー寄り道含む)。2時間47分のPRの時と
同じだ。ハーフ過ぎでちょっと足が重くなってきたけど、疲れてきたのか、寒さ
で硬直しているのかよく分からない。
好事魔多し、とはマラソンの常。ここからさらに向かい風が強まり、集団が蛇
行しながら走ってる。ペースもじわじわ落ちてきて、25km以降のヒル4連発は
ハートブレークヒルの前に沈没。それでもハートブレークのあとの下りはガン
ガンいって、35kmを通過。この5km21分半ば。ボストン市内が見えるはずなん
だけど、前が何も見えないような雨。それでも歓声がすごくて、何とか一歩ず
つ前に進んで40km。
最後のボストンを噛みしめるようにラスト2.195kmを10分以上かけて2時間53分
でゴール。苦しんだけど、声援に後押しされて、あっという間の26.2マイルだ
った。
すぐに川内優勝の知らせを聞いて鳥肌立つ。もう止まったら死ぬ、という感じ
だったのでゴールラインから一度も立ち止まらずにそのままジョグしてハーフ
マイル先のBaggageエリアまで走る。待ってる白人たちのシバリングが止まら
ない。早くシャワー浴びないと死ぬかと思った。宿まで走って帰る途中、街行く
車という車からクラクションで祝福。暑い、暑い、ゲキ寒で3年間一度もまとも
に走れなかったけど、ボストンの一員になれて満たされた1日だった。シャワー
の後、NYまで4時間のバスの旅、なんだか興奮して眠れなかった。
ボストン番外編
とても幸運なことに、川内選手、代理人のラーナーさんを含む4人で決戦前夜、
日本料理店で決起集会しました。彼はもちろん大盛りカレー2杯のカーボロー
ディング。僕は、すでに昼カレーライスとカレーうどんを食べていたので、ここ
はうな重。より低温雨風のレースを望み、必ず優勝したいと力強く語ってくれた
川内選手。ひょっとしたら3位ぐらいまでいくのではないかと思っていたけど、
彼が夢を翌日叶えたことにこれ以上ない感銘を受けました。冷静かつ情熱的
な口調で初対面の僕に夢を語る川内選手。まっすぐな瞳、迸る情熱、彼と話し
ただけで、圧倒的なエネルギーをこちらもいただきました。90分ぐらいのディナ
ータイム、トレーニング、特にリカバリーの考え方、トレイルランニング(彼は
結構山を走っています)、これまでの思い出のレース(日本トップの背中が見え
た2010年東京、中本選手との壮絶な一騎打ちとなった2013年別府大分)、学
連選抜で駆け下りた箱根駅伝の思い出などについて隣の席でお話くださいま
した。帰り道、一緒にホテルまでぶらつきながら、ボストンのフィニッシュゲート
を通った時、ラーナーさんが「あのゲートくぐる?」って聞いたら、彼は「明日の
ためにとっておく」と言っていました。今から思うと痺れる男前なコメントでした。
テレビで見るよりずっとカッコよかったです。
市民ランナーにとって一番聞きたい質問は、「なんで毎週レースに出られるの?
リカバリーはどうしてるの?」でしょう。
彼自身も高校時代は怪我で満足な練習が積めなかったような普通のカラダの
持ち主なのです。それでも故障に人一倍敏感になり、レース後はルーティンを
確立してるといいます。誰にもできることとして、「マラソンゴールした後、そし
て翌朝、必ず30分ほどのジョグをする」というものです。みなさん、フィニッシュ
したら一歩も動かずにビール飲んでませんか?そして翌日階段をカニ歩きし
てませんか?今回のボストンでこの教えを守ったら、嘘みたいにラクなウィーク
デーが過ごせました。みなさんも是非お試しください。
番外編その2
長いNY生活も終わりが近づいてきたようで、2019年始めに神戸に帰ることに
なりました。六甲山系をホームトレイルとして、また新しい環境で走り続けるこ
とができればと思います。ちょっとアメリカかぶれしてそうな奴が走ってたら多
分僕です。
AACにも復帰したいと思いますので、芦屋・神戸のみなさん、よろしくお願い致
します。
(大会開催日:2018・4・16)