

第747号
“知性・理性” VS “気持ち”
2020年12月7日
AAC会員
谷中 康弘氏
宗政さんから「走り出して干支を1巡以上したら2回目の投稿を」と言われた
訳ではないのですが、投稿させていただきます。倶楽部に入部させてもらって、
もうすぐ8年です。
51歳でデブ対策にヨチヨチ走りを始め、5年間は一人だけで練習していました。
単身赴任で金沢の犀川や新潟の信濃川などを思いのままに走っていました。冬は
誰の足跡もない河川敷の新雪をズボズボと走ったり、決して加賀美人や越後美人
から「スマートになりましたねぇ」などと言われるのが嬉しくて走っていたわけ
ではないことは、賢明なる読者の皆様にはご理解いただけるはず!
その頃から、「なんで走るんですか~?」と聞かれ「痩せるため」「タイムが
良くなるのが楽しいから」「いつでもできるから」等々と答えてきました。 でも今は「仲間がいてくれるから」と一言。逆に言うと、「仲間がいなかったら、
なんでエエ歳こいてゼェゼェ走らなアカン?」と。「ラ・イ・バ・ル」と和製英
語を上手く和風発音できないライバルがいたり、ワタシが中学の体力測定で15
00mを5分切っていた頃にハイハイしていた「負けたら恥」の存在がいてくれ
たり、(今は恥をさらしまくりですが) ひと回り以上年上で「更なる上」を目指
している方がいたり、そんな仲間の存在が『走る』目的になっています。本当に
いい倶楽部に出くわしました。
さて、58歳をピークに年々、タイムが落ちています。だいたい、フルマラソン
で年に2~3分、落ちています。レースでは毎回、「PB時のペース近くで行け
るところまで行く」と決めているので、結局、30km辺りから落ち始め、35
kmからスローモーションになり、同じユニフォームのランナーから「どないし ましたん?」との声を掛けられ抜かれています。いつも「もしかしたら」との思
いでスタートしますが、だんだん落ち始めるのが早く来るようになってきました。
(抜かれたランナーを後ろから見ると「おそっ!」と)
それで、「なんで落ちるんかなぁ?」と。で、その答えは“知性・理性”VS
“気持ち”で、脳ミソが発する身体を守るための“知性・理性”が、速く走り
たいという“気持ち”を上回っていくのではないか?と。というのが、「シンド
さ」は同じでも、「追い込み」をして心臓が張り裂けるほどの思いになる前にス
ピードを緩めているような。いえ、何もレジェンドをはじめ、大先輩たちが“知
性・理性”が欠けている、という意味ではありません。大先輩たちは落ちる前の
水準が高すぎるだけのことです。
では、もし、「この説」が正しいならどうするのか??? 以前はしていなかっ た腹筋や背筋をしても減速は止まらないし。結局は“知性・理性”を今一度、投
げ捨てる根性と修行がいるのでしょう。 明日からも、そのつもりで練習しますので“知性・理性”が感じられない行動、
発言をしても「おっ、練習中」と大目に見てくださいネ。