大会報告・ブラジルアイアンマン!

投稿第四十七号
大会報告・ブラジルアイアンマン!
2006年7月4日
千葉県千葉市 塚原登氏

報告が大変遅くなりましたが、ブラジル・アイアンマン参戦記です。●旅程NRT/GRUVVはJAL南米線を使用(現在あのバリグは経営再建中で日本への乗り入れは休止中)後の国内線はTAM(タン航空。ブラジルで現在一番勢いの有る航空会社)を使用。NRT/GRU(VIAJFK)約24時間。GRU/FLN(FLORIANOPOLIS)約2時間。乗り継ぎ込みで合計36時間。帰りはGRU/NRT(VIAJFK)で約25時間。(行きを思うと帰りは短く感じた)到着後、中2日間で体調をレースに向けるべく調整したが(軽い睡眠導入剤なども使用)結果、全く旨く行かなかった。全行程で9泊10日。掛かった費用は数十万円?。尚、ブラジルはビザが必要。レース会場はサンパウロから空路約2時間のサンタ・カタリーナ州の州都フロリアノポリスと言う素晴らしいリゾート。ドイツ人が開いた町なので、街並はヨーロッパ風。昨年出たドイツのフランク・フルトの街に似ている印象。ただし季節外れなので観光客は殆ど居ず、アイアンマン関係者のみ。滞在中は幸運にもずっと晴れだったが、朝晩は10℃位、日中で22℃位と晴れれば昼間は快適。ただ海風が日中卓越する。雨だと非常に寒そう。(到着前日まで雨だったそうで、此れだけはラッキー)●スウィム当日は晴れ、気温12℃水温19℃でやや寒く感じ、不安があったのでフルウェットにヘッドギアを使用。結果は丁度良かった。コースはコの字型に2キロ(沖へ真っ直ぐ900mを泳ぎ海岸に平行に200mそして海岸へ900m)泳いだ後、一旦砂浜に上がり今度は3角形の1.8キロを泳ぐ変則コース。1,200人のスタートなのでちょっと待てばバトルは無し。静かに海に入った。最初のレッグは昇ったばかりの朝日に向けて泳ぐのでブイが全く見えず、又潮の流れが強く結構蛇行した。かなりの人がミス・コースしていた。風は前半は微風でうねりは余り無く泳ぎやすい方だったと思う。でも底が砂のせいか透明度が低く前にいる人の様子が分かりにくい。最後まで底は見えなかった。新調のメイストームのフル・ウェットの調子は良く、心拍数も余り上がらず、後半のうねりで適度のミスコースがあったがほぼ何時も通りのタイムで上陸。今日は何となく行けそうな気がした。これは実は大きな錯覚であった事が後に判明する。●バイクバイクはまだ結構残っていた様だった。バイクのコースは島の北東部の綺麗なジュレレ海岸から一気に南のフロリアノポリスの町へ南下する、片道45km往復90kmの2周回コース。なだらかな長いアップダウンが数箇所あるが風さえ無ければ高速コースと言われていた。特に問題も無く1周回を3時間27分で終え(無理もせず比較的のんびりと漕いでいた割には予定より速い)後半は行けるかなと思っていた所、気温上昇と共に予想通りに海からの風が強くなり、この後135kmまではずっと向いか右横の風になった。メーターは平地で20km少し、長い上りで10kmくらいになり、苦闘が始まる。強い人達にどんどん抜かれ、折り返し後数えたら後は100人くらいになった。強い人は風にも強いです。2周目折り返し後の140km付近のエードではもう水が無くなり、甘いゲータレードだけになった。この頃から、恐らく軽い脱水が始まって居たのだと思う。段々力が出なくなり、おまけに気分が悪くなって来た。塩タブ、梅干を何回か摂ったが効果なし。追い風の部分でもしっかり漕げなくなった。でも何とか堪えバイクフィニッシュ。後半の90kmに4時間以上を要した。●ラン着替え後も気分が全く悪く走る気にならなかったが、時計を見れば制限まで未だ8時間近く有ったので、最悪全部歩いてでも帰って来れると思い、トボトボと歩き出す。折角地球の裏の此処まで来たという気持ちがあったのは事実。目の前を10時間と少しでゴールする選手が力強くどんどん走り抜けていく。辛い瞬間だ。もうこの時点で完全に脱水状態になり食べ物は全く受け付けなくなった。ジェル類も全く受け付けない。コーラと水だけが命綱になった。ランのコースは1周目が21キロ、途中に半端でないそれこそ壁に見える上り、下りが約4キロある。恐らく最高の所の斜度は20%以上は有る。でもプロはこの坂を歩かないで上るらしい。以前この坂を2回通ったコースが大顰蹙で1回になったのが分かるような厳しい坂だ。こんな坂は今まで見たことが無い。もうすっかり暗くなったこの坂を下りるのは本当に怖い位の坂だった。この後町へ戻り比較的平坦な約10キロを2周してゴールへ向かった。最後の頃はエードも段々人が居なくなり、酷いところはセルフ・サービスの看板があった。バイクの水と言い本当に遅いものに優しくないアイアンマンだと思った。段々と気温が下がりこの頃は15℃位か。寒いのを予想してスペシャルでウィンド・ブレーカーを預けたが結果は大正解だった。走って歩いて(殆ど歩いて)、何度も戻して(もう出るものは胃液しか無い)ラン・スタートから約6時間40分後、漸く暗闇にゴールゲートが見えて来た。最後の300mは流石に走った。でもゴールのスタンドにはほんの数人しか観客が居ず、全く盛り上がらないままゴールした。何時ものゴールの感激は何故か無かった。スタートから16時間08分が経過していた。完走1,100人の内1,050位辺りで結果エージ最下位であった。ゴール後、何時も通りメディカル・テントで点滴を受けやや回復するが力が沸かず自転車を自分で取りに行く元気も無い。現地ツアーのコンダクターをしている、友人の有名な現役アイアンマンのケン・グラー(アイアンマン完走49回)が色々手伝って呉れた。こんなに歩いても完走と言われるのが辛い。でもテントの中で彼から『グレート!アイアンマン!』の一言を貰った時は流石に嬉しかった。●全体の印象参加者の半数はブラジル人。アイアンマン・ジャパンのコースで英語が殆ど通じないのと同じで、アイアンマン・ブラジルではポルトガル語しか通じません。コースは設定は比較的良い方です。道路はニュージーランドよりは良い。でもランのあの前半のコースだけは地獄です。応援もポルトガル語で何を言っているのか全く分からず、途中で子供がボトルを呉れ呉れ言うのだけは何とか分かったが、全般に応援の乏しい印象が強く残った。ランの暗闇では応援は全く無しに等しい。町外れを走るコースは街灯も少なくひたすら闇との闘いだった。レースの運用は全般的にいい加減。カーボ・パーティの食事もお粗末。ただ果物と野菜だけが美味しかった。でも表彰式のサンバ・ダンスだけは流石に迫力が有った。レース後の観光は最高の一言。リオの有名なコルコバードの丘、イパネマ、コパカバーナ海岸、そして3大瀑布のイグアスの滝は良かったです。特にイグアスの滝はアルゼンチン側からの景色が凄く、乾季とは言え、流れ落ちる凄い水量の滝を目の前で見られるのは、恐らく世界でも此処だけだと思う。サンパウロの町は東京と同じで行くべき所は特に無しの印象です。でも美人は多かった?もし今後ブラジルのアイアンマンに出る方が居られたら少なくともレースの1週間前には現地に入ることを強く勧めます。時差調整などを観光をしながらするのも良いかも知れません。今回も力の無さを痛感したレースでした。冬からあれだけ良い練習が出来たのにレースで生かせない自分が情けないです。コンディショニングはどうあれ、気力でもっと良いレースが出来たと思います。今回も精神的に自分の弱さだけが印象に残ったレースでした。又も経験した辛い思いを今後のレースに生かすかどうか現在思案中です。世界6大陸制覇?も後はアフリカ大陸だけなのですが・・・・。それにしても本当に遠いブラジルでした。もうブラジルでのアイアンマンは御免です。地球の裏側からの応援有難う御座いました。(JALトライアスロンクラブGM)(大会開催日:2006年5月25日)

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